掃除

2012年も気づけば残り一週間。
最近年末を意識してか大掃除をすることが何度かあった。
自分の判断基準でいらないと思ったモノは物理的な物かどうかに関わらず、(多少抵抗があっても)捨てる。
常日頃から減らしたがっているから捨てるモノないだろ、と思っていたけど意外とあるね。
物が少ないからおもちゃ箱をひっくり返して整理するように、家にあるものを全部床に並べて、捨てて、また片付けるということができる。
それを今月も何度かやった。

昨日はMacにあるデータを削除した。
物理的なスペースがないに等しいデータでも不要なのに取ってあるのは、
結局物理的な物が捨てられないのと一緒で「いつか役に立つかもしれない」「捨てるともう手に入らない」「手に入れたコストを考えると捨てるのはもったいない」
という気持ちが働いているから。
データだから、なんて言い訳していると積み上がるモノに対して指数関数的に複雑性が増加する。
頭の中にあるものもそういう意味では一緒で、不要な考えや記憶は捨ててしまったほうがいい、なんて思ってしまう自分は少し行き過ぎているのかもしれない。
自分の場合は考えていることや記憶は全部日記に書き出していて、寝る前にはその日のことは頭から出してしまう。

こんなふうにいろんなモノを手放していると、こんなモノもあったなぁという再会がちょくちょくある。
それで、今の自分には必要ないよね、って思って捨ててしまう。
と同時に、なんでこんなモノ手に入れたんだろう、こんなモノ取っておいてあるんだろう、というふうにも思う。
そして一通り片付け終わって、「逆に自分に残っている物や考えや習慣はなんで捨てないで残してあるのだろう」と自分の核の部分を考え込んだりする。

そうして考え込んだ思考の跡がEvernoteにあったからそれも削除して真っさらになってしまった、という特に言いたいこともない日記。

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