21歳と承認欲求

前回の日記でいろんなモノ捨ててますって書いたけどその続き。

いろんなモノ手放す理由は自分がやりたいことにフォーカスするためだと思う。
じゃあなんでそのやりたいことってやりたいと思うのだろうと考え始めると一日が終わる。
やりたいことの理由を探ると人生の目的は何か、とかまで考えてしまうから適当なところで線引き。
モノを減らす過程で2012年のふりかえりができて、「今年もやりたいことやった結果、実りの多い年だったな」なんて思った。
そしてこの時期はそのふりかえりをfacebookかmixiかtwitterかどこかしらに書いたりするのだけど、それすら余計なことなのかなって最近考えたりする。
SNSとかで頻繁に近況報告したりするほうじゃないし、連絡断ったりしているからか、友達に会ったときに『最近何してるの』って聞かれることが多い。
そういうときは、別に隠しごとしているわけじゃないから近況報告する。
自分のことは聞かれたら隠したりせず答えるけど、かといって自分から自分のことは話さないっていうスタンスな自分は、
話し始めるとけっこう未公開なネタが積もってたりしておもしろがって聞いてもらえたりする(そして『意外におしゃべりだね』って言われたりする)。
それで結局話し切れなくて、『たまにはfacebook更新してよ』なんて言われる。
でもネタがあるたびに更新してたらさすがにうざがられるだろうと思って、結局この時期の年に一度の近況報告となってしまう。

余計なモノ捨ててやりたいことをとことんやっている自分が一年間のことを一度にふりかえるとすごい長い文章ができる。
毎日日記書いているからネタを掘り起こそうと思うと無限に出てくる。
一年間のふりかえりの文章は、途中で書くの挫折するか、書き上げても長文うぜーわって自分でも思って永遠にお蔵入りしたりするか、のどちらかということが多いので、
数年に一度の”今年の総括”になったりする。

やりたいことやってる自分だけど、だったら無人島に住んでそれに没頭するかと聞かれてもうーんと思う。
いろんなモノ捨てて、やりたいことに集中しているとはいえ、何もかもは捨て切れないという矛盾。
自分の場合、それは誰のためでもなくやりたいからやっているのだけれど、誰もいない世の中で続けられるわけでもなさそう。
話が飛躍するけど、そんなふうに承認欲求とは何かを考えてたら一日が終わった。
別に誰かに報告するためにやりたいことやって生きているわけじゃないけど、たまには自分のこと話したいという気持ちが起きたりもする。
それは承認欲求がそうさせるのかもしれないけど、自慢話も不幸話もするのが億劫となると何を話せばいいのだろうね。
どんなメッセージも受け手の解釈次第だから、考えるの面倒になるわ!

そうして結局、
「めんどくさ。あほくさ。人からどう思われようが知らんがな。そんなこと考えるの煩わしいから聞かれたら答えよう。」というスタンスに落ち着いて、
「自分は自分、他人は他人。周りのことは気にせず好きなことやって太く短く生きるわ。最高だわ。」って人知れず奇行を実行するので、
ネタが積もっていって急に自分語りしたくなったりするのである。
語ったら語ったで、後日しゃべり過ぎたと後悔したり、黒歴史な投稿をそそくさと消したりする。

両極端すぎるわ!

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