2013年 8月 の投稿一覧

東アジア周遊記20:2013年08月24-25日-旅26-27日目-国際列車再び

2013年08月24-25日 旅26-27日目 国際列車再び

北京行きの国際列車はウランバートルに来たときと同様にきれいな車両だった。景色を眺めたり出入国カードを書いたりしていたらあっという間に夜になった。日付が変わるくらいに中国に入国して停車駅で降りて深呼吸したときはついにここまで来たと感動した。

同じコンパートメントの人は3人ともモンゴル人で自分と同じくらいの歳だ。そのうちの一人の女の子は英語が話せるみたいで自分に話しかけてくれた。自分が日本人だと知ると日本語であいさつしてくれた。日本のことが好きみたいで日本の歌を歌ってくれたが日本人以上に上手だった。モンゴルでもLINEが流行っているみたいでLINEのIDを聞かれた。彼女も北京、上海と旅行に行くようでまた会えたらいいねと言ってくれた。食事してたらモンゴル料理をおすそ分けしてくれた。

鉄道で旅するとこう何度も親しく声をかけてもらって親切にしてもらえるものなのだろうか。イルクーツク-ウランバートル間しかり、ウランバートル-北京間しかり。鉄道は移動に時間がかかるけど、旅してる人やローカルの人と話をしたり風景を眺めたりできるし移動手段以上の意義というか楽しみがあると感じる。

そんなふうに思っていたら北京に到着した。ホステルに直行して調べごとしたり連絡取ったりなどタスクを済ませて早めに寝た。

東アジア周遊記19:2013年08月20-24日-旅22-26日目-モンゴル

2013年08月20-24日 旅22-26日目 モンゴル

20日の早朝にモンゴルの首都ウランバートルに到着。ご一緒した夫婦にお礼を言って別れてKatyaにはホステルまで案内してもらった。しかし教えてもらったホステルは満室だったため彼女がよく利用するホテルを紹介してもらいそこで一泊することにした。国際列車でたまたま同じコンパートメントになった自分にここまで親切にしてくれたKatyaに感謝。せっかく意気投合した彼女とこのまま別れるのは寂しいので予定を聞いてみたら晩には家の用事が済んで時間が空くとのこと。ということで食事に誘ってみたらOKもらえて夕方まではホテルのネットで情報収集をして晩はKatyaとモンゴルのローカルフードを食べた。次の日も会う約束をした。

21日の午前は北京行きのチケットを受け取りに行ってホステルに移動。昼からはKatyaと会ってザイサン・トルゴイの丘へ行った。一緒に写真撮ったりして楽しかった。市街に戻ってランチして街で一番大きいショッピングセンターのノミンデパートとその周辺で買い物して夕方別れた。次の日は忙しいらしいけど夜には仕事が終わって会えると言っていた。

22日は一人で観光。スフバートル広場で写真を撮ったあとは徒歩でボグドハーン宮殿へ。建物も仏も日本の仏教のものとは全然違っていて興味深かった。とぼとぼ歩いて街に戻ってきて食事して手持ちぶさたになってノミンデパートへ。これまでずっと一人旅で気楽にやってきたのに今日は一人がなんとなくつまらない。せっかくモンゴルにいるのに早々とホステルに戻ってきて電話が鳴るまで待つ。夕方遅くに電話があって今日は時間が取れそうにないと言われた。次の日会う約束をした。何もやる気が出ないので寝た。

23日モンゴル観光最終日。Katyaと会うのはおそらく最後。今日は昼から仕事に戻らないと行けないらしいので午前に会って一緒に朝食。じっくりと感謝の気持ちを伝える機会は今しかないと思い、昨日ノミンデパートで買ったプレゼントと下手な英語で書いた感謝の手紙(もといラブレター)を渡した。自分の想像以上に喜んでもらえて自分も嬉しくなった。それからガンダン寺へ。鐘を回しながらお願いごとをすると願いが叶うと彼女が教えてくれて二人で鐘を見つけては回して歩いた。鳩がたくさんいて二人してはしゃいだ。街に戻って少しだけカフェでおしゃべりして解散。明日早朝で北京へ発つと伝えると、必ず見送りに行くと約束してくれた。少しでも長く一緒に居られるならそれだけで嬉しい。夕方からは北京への準備をしてレストランでモンゴリアンビールを飲んで夜遅くに寝た。

24日早朝。Katyaと待ち合わせてタクシーでウランバートルの駅へ。発車30分前に到着したはずなのにあっという間に列車がやって来た。荷物を乗せて再び外に出て話をしていたら車掌がそろそろ車両に戻るように告げてきた。彼女からプレゼントと返事の手紙をいただいてハグをした。離したらいつ会えるか分からないから抱き締めたままゆっくり10秒数えた。それからロシア語で”ありがとう”と”さようなら”を言って列車に乗った。窓越しにずっと手を振ってくれている彼女を見ていたら涙が出た。ウランバートルを出てから少しして手紙を読んだ。夜遅く寝て朝早く起きてとても眠かったのでモンゴルの思い出を振り返りながら寝た。

東アジア周遊記18:2013年08月19日-旅21日目-鉄道

2013年08月19日 旅21日目 鉄道

トラブルが起きたけどギリギリ乗れたウランバートルへの鉄道。5時間ほど寝て11時に起床。起きたら目の前に天使がいた。ロシア人の彼女は自分のちょうど上のベッドが座席らしくて少し話してすぐに打ち解けた。名前はKatyaというらしい。話しているうちにウランウデに到着して停車。彼女に誘われて売店まで食料を買いに行って列車のなかで二人で食べた。ロシア人の夫婦が同じ部屋に乗ってきたので自分はちょっと列車を散歩。清潔な車内、快適なベッド、仕切られた部屋、広大できれいな景色、バックパッカー同士のにぎやかな会話、そして優しくて快活な美女。シベリア鉄道がこのモンゴルへの国際列車に勝る点はひとつもなかった。

部屋に戻ると夫婦は食事をしていてKatyaの通訳を通じて『もし良かったらどうぞ』とおすそ分けをしてくれた。パンとお菓子と手料理のおかず。ロシアに来てからずっとまともなもの食べていなかったから本当にありがたい。食事を終えたあとは自分含めてみんな昼寝して、起きたら今度は4人でお茶。ロシアの紅茶とお菓子は本当においしい。自分も八ツ橋シェアした。Katyaによると夫人は一人旅の自分のことを『お腹は減っていないか、寒くないか、疲れていないか』とずっと気遣ってくれてたらしい。ご主人はウランバートルにあるホステルを教えてくれた。夜ご飯も4人で小さな机を囲んで雑談して家族みたいだった。

ナウシキで出国手続き、モンゴル入って入国手続き。列車はずっと止まってるようだった。無事入国手続きが終わったあとはみんなで外の空気を吸いに行って部屋に戻ったあとは就寝の準備をしてまもなく寝た。この日は乗車前にトラブルに遭ったり鉄道の中でいろんな人に優しく気遣ってもらったり一生思い出に残るだろうな。

東アジア周遊記17:2013年08月19日 旅21日目 トラブル

昨夜ホステルに戻ってからは徹夜で作業。写真整理したり日記をつけたりブログを更新したりお金の記録をつけたりモンゴル・ウランバートルの情報を調べたり。5:12発ウランバートル行きの鉄道に乗るには起きて作業して列車の中で寝るのがちょうどいいのだ。

夜を明かして4:30にホステル出て4:50に駅に到着。異国の地の真っ暗闇の中を歩くのは避けたいものだ。でも今回の旅はいろんなハプニングが起きたとはいえ外国人狙いの悪い人間に絡まれたりがあまりない。初の海外旅行でノーガードでタイに飛び込んで悪い人に何度もひどい目に遭わされた自分の先入観かもなあ、海外=危ない人たくさんというのは。

そんなふうに考えながら駅で列車を探す。ディスプレイにУлан-Батор、4:47、5:12と書いてあるのが読み取れた。Arrival4:47-Departure5:12という意味だろう。眠いし早く列車に乗って寝ようと思いホームへの出口を探した。すると私服の男が何やら言ってくる。わざわざ外国人に話しかけてくる人間はロクなやつじゃない。無視していたけどチケットを指さして何やら必死に訴えてくる。「すみませんがロシア語はわかりません。」とロシア語で伝えると警備員のような制服を着た男を連れてきた。駅で働く人間なら英語が多少しゃべれるだろうと思うとtrainと連呼するばかりで何言っているのかさっぱり分からない。どうしようもなくなって今度は私服の男が必死に自分を引っ張る。駅の外に出ると男が車からタブレット端末を持ってきて翻訳アプリにロシア語を打ち込んでいる。正直早くしてほしい。打つの遅いなと思っていたら画面を見せてきた。『あなたの電車は4:47にもう行ってしまいました。』あのディスプレイに書かれていた4:47ってArrivalじゃなくて時間の変更だったのか。出発が遅れるならまだしも時間が早まるなんてことがあるはずがない。でもそんな非常識なことが起こり得るのが海外。『次の駅までタクシーで先回りすれば今ならまだ間に合います。』彼の言葉はあまり耳に入っていなかった。「まじかー、週に何本も出ないこの列車に乗れなかったら後ろのチケット全部キャンセルだわ。」って思ってふと彼の車を見やるとTAXIと書いてある。その瞬間すべてのつじつまが合った。「列車はまだ発車していない。こいつおれを騙して自分のタクシーに乗せようとしている!」気づいた瞬間すぐ走った。走る前に一発殴ってやりたかった。違和感のある制服を着た男は警備員じゃなくてグル、翻訳アプリは列車が出発したことを事実にするための時間稼ぎ、ロシア語が読めない外国人をターゲットにした巧妙な手口。引っ掛かりかけたのが悔しい。

発車6分前、結局ホームへの出口がわかっていないままなので窓口の駅員に聞く。窓口の人間なら信用できる。そう思ったけど英語が通じない。駅をいったん出て北口から入る。ガードマンに怒られる。中央口に戻る。さっきの駅員が階段を指さしている。1分前だ。乗車券に数字がいくつも書いてあったが駅のホームという意味のロシア語だけは知っていたので3番ホームへの階段をダッシュで駆け上がる。列車がまだある。ドアが開いているけど入り口に車掌がいない。やばい扉が閉まる。どこの車両でもいいから乗り込め。扉を閉めようとしている車掌と目があった。とりあえず中に入ろう。車掌を強引に押しのけて車両に乗り込んだ。外国人が国際列車に駆け込んでくるなんて危ないやつと思われたに違いないが乗車券を見せてなんとか中に入れてもらった。自分の車両は2つ隣だと言われて安心した。

それから自分のベッドにたどり着いて暗闇のなかシーツを広げて横になった。「悪い人間に出くわしたことはどうでもいいけど、列車が発車寸前でひやひやした。よく頭真っ白にならず判断できたな。あの真っ暗な時間にタクシー乗せられていたらボッタクリどころかどこに連れて行かれるかわからない。危なかった。」と思っていたら空が明るくなってきた。徹夜してたからもう寝よう、起きれば気分も変わる。

東アジア周遊記16:2013年08月17-18日-旅19-20日目-イルクーツク観光

2013年08月17-18日 旅19-20日目 イルクーツク観光

シベリア鉄道の74時間の移動を終えてホステルへ移動。ホステルに着いて案内された部屋がホテルのようなきれいな部屋。3人部屋だったけど自分しかいなくて本当にホテルのように快適だった。

次の日は終日イルクーツク観光。イルクーツクは東経104度に位置する都市だけど日本との時差は±0。ちょっと遅いぐらいの時間に出かけるのがちょうどいい。午前はイルクーツクの観光情報を調べて昼食自炊。14時過ぎに出発して観光。キーロフ広場、スパスカヤ教会、永遠の火、ズナメンスキー修道院、デカプリスト博物館、ウリツキー通り、アレクサンドル3世記念碑。主要なところはだいたいまわった。シベリアのパリと呼ばれるだけあってとても情緒ある街並みだった。アンガラ川の川沿いの広場で人々が音楽に合わせて踊っているのがとても印象的だった。10年後、20年後にまた行ってみたい。

東アジア周遊記15:2013年08月14-17日-旅16-19日目-シベリア鉄道

2013年08月14-17日 旅16-19日目 シベリア鉄道

朝起きて準備してウラジオストクの駅へ。74時間のシベリア鉄道の旅に備えてスーパーで食材を買い込む。11時過ぎに余裕を持って駅に到着し予約した乗車券を発券。駅の時計の表示が7時間遅れていると思ったらモスクワ時間表示らしい。発券したチケットの注意書きをよく読むと1時間早く来たつもりが8時間早く来てしまっていることに気がついた。逆に乗り遅れるよりはマシだけど。国土が東西に広い国はそんなこともあるんだな。駅の前の公園で昼寝したり読書したりした。

バックパッカーなら一度は乗ってみたいシベリア鉄道。ワクワクしながらいよいよ乗車。自分の席は二段ベッドの上段。しかしながらとてもベッドとは言いがたい。何よりもスペースが狭いので体が起こせない。冷房なしシャワーなし電源なしインターネットなし。バックパッカー同士で旅の話をするのを楽しみにしていたけど現地人しか乗ってこないので会話もなし。自分の枕元にある換気窓を開け閉めするためにロシア人が何度も寝ている自分の枕を引っ張ってきた。買ったばかりのバターが当然だけど溶けていて最初の食事の時点でいろんな食材がダメになってた。缶詰開けたら食べられるものが入ってなかった。思いのほか過酷な状況。74時間ものあいだ寝たきりで食事して寝て考えごとして読書して過ごした。旅のはじめに青春18きっぷで博多への移動したときに京都で買った八ツ橋が残っていて涙が出るほどうまかった。青春18きっぷなんか生ぬるいとつくづく思った。

乗車から70時間弱経ってバイカル湖が見えたときは感動した。海のように広くてきれいだ。窓越しでしか写真撮れなかったのが残念。それからまもなくしてイルクーツクに到着して列車から降りた。まともな食事せず寝たきりだったのでやせ細ってた。美女の車掌さんに"Вы очень красивая. Вы не могли бы сфотографироваться со мной?“と声をかけて一緒に写真を撮らせてもらった。これがシベリア鉄道の一番の思い出かな。

東アジア周遊記14:2013年08月12-13日-旅14-15日目-ウラジオストク観光

2013年08月12-13日 旅14-15日目 ウラジオストク観光

ウラジオストクに着いたもののホステルの地図のスクリーンショットを保存しそびれて場所がわからない。でも久々のロシア語圏に興奮。やっぱいいなあ、美人多いし。とりあえず街並みを楽しもうと思って散歩。そしたら日本国領事館があったのでホステルの地図印刷してもらった。ホステル着いて自炊して夕食。Wifiの調子が悪いのでウラジオストクの情報収集は諦めて就寝。

次の日起きてまだネットがつながらないので行くあてもないままホステルを飛び出てバスに乗る。ウラジオストクの中心市街に着いてひとまず街をぐるっと歩く。それからカフェに入ってWifi使わせてもらって観光情報を集めて観光。鷹の巣展望台からの眺めは最高だった。よくもこんな東の果ての地に来たもんだ。夕方には観光が終わってしまったのでホステルに戻る。ネットがつながったのでシベリア鉄道前の情報収集などもろもろの作業をして夜を明かす。ロシアのパンと黒ビールがあれば節約生活も苦じゃない。明日からの長い鉄道の旅はいったいどんな感じなんだろう。

東アジア周遊記13:2013年08月11-12日-旅13-14日目-船の旅

2013年08月11-12日 旅13-14日目 船の旅

無事に乗船してとりあえずフェリー内をぐるっと一周。バーがあったりナイトクラブがあったりカラオケがあったり風呂があったりして意外と設備が充実してる。徹夜明けなので荷物を整理してからいったん寝た。ベッドは広いし仕切りついてるし寝心地良いしふつうのホステルよりかなりマシ。ぐっすり眠って夕方起きて風呂入ってクーポンでビールもらって飲んでもう一眠り。

ウラジオストク現地時間の5時に目が覚めて甲板を散歩して星を眺めたあとクーポンで朝食バイキング。メニューは韓国料理。これから旅が大変だろうから食べられるだけ食べておいた。プログラム書いていたらウラジオストクに到着。着いてから2時間弱乗客は降ろしてもらえなかった。でもロシアのビザの申請の煩雑さに引き換え入国手続きはあっさり済んだ。いよいよロシアだ。

今回利用したDBSクルーズフェリー、かなり満足いく船旅だったのでまた使ってみたい。韓国の東海から乗るのはしんどいから境港から乗ることをおすすめする。

東アジア周遊記12:2013年08月11日-旅13日目-乗船

2013年08月11日 旅13日目 乗船

徹夜して6:40にホステルを出る。地下鉄でバスターミナルへ。地下鉄の時間まったく調べていなかったからいつ電車が来るのか所要時間がどれくらいかかるのかは不明。適当に行ったらバス出発5分前にバスにたどり着いて乗車。これを逃したらもろもろの予約とかロシアビザの関係で旅が終わってしまうところだった。ひやひやした。

バスで寝て起きたら11時過ぎ。東海に入ったようだけどどこで降りればいいのだろう。「境港からウラジオストクに行くフェリーが東海を経由するからそこで乗り込んでロシアへ行こう」、そんなふうにしか考えていなかったからソウル→東海の移動さえクリアすればOKだと思っていた。よく考えたらソウルも東海もざっくりとした広域な地名だ。バスの終着駅もフェリーに乗船する港もどちらも名前と場所を知らないままだ。バスの終点で降りたけど海なんか見えなかった。駅の窓口で道を聞いて別のバスに乗り換えて30分。遠くに海が見えた。とりあえず降りてみて道聞いてタクシー乗って15分弱で港に着いた。無事乗船手続きに間に合った。地下鉄乗る時間とか、適当に予約したバスの時間とか、乗り換えて降りたバス停とか、バスが遅延なく走ったこととか、前日多めに降ろしていた現金があったこととか、たどり着いた港が乗船するフェリーが寄港する港と一致していたこととか、一つでも噛み合っていなかったらアウトだったな。とはいえ移動中は「あっ、いけねー、忘れてた」ぐらいにしか思っていなくてスマホでブラックジャックしてるか寝てるかだったけど。そのときはウラジオストクに行けないわけないじゃんという不思議な確信があった。

ともあれ船に乗れたからウラジオストク以降の旅も続けられそうだ。まだ旅は三分の一も終わっていない。海外に来たとはいえ韓国は完全に観光モード。本格的な旅はこれからだ。

東アジア周遊記11:2013年08月10日-旅12日目-ソウル観光3日目

2013年08月10日 旅12日目 ソウル観光3日目

ソウル観光3日目。今日は江南地域を観光。その前に昼ごろに梨泰院のほうを散歩して昼食にプルコギを食べる。絶品だった。それから江南へ。最初に新沙洞・カロスキルを散歩。そのまま歩いて狎鴎亭・清潭洞。高級ブランドの店が並んでた。さすがお金持ちが住む地域。江南といえばカンナムスタイルが浮かぶ。ちょっと違うけど。そしてそのまま歩いて奉恩寺、COEX。歩き疲れたので休憩がてらCOEX横のセブンラックカジノへ。次回遊びに来たときの下見、今日は遊ばない。

カジノで休んだあとはホステルがある弘大のほうへ帰る。実はこのエリアもかなり栄えている。弘大のホステル泊まっていたのにソウル最後の夜の今まで開拓してなかった。結局弘大が一番気に入ったかもしれない。灯台下暗し。活気があって雰囲気がすごく良さそうな焼肉屋があったのでぶらっと入った。店員のお姉さんがみんなかわいい。英語で気さくに話しかけてくれて肉焼いてくれて感動。マッコリと焼肉が最高に合う。そして「マッコリはサイダーで割るとおいしいんだよ」って言ってサイダーくれた。おいしかった。

韓国観光も今日で終わりかと思うと寂しい。楽しい思い出ばっかりだったからなぁ。料理おいしいし観光も楽しいし遊びもいっぱい出来るし現地の人は優しいし。韓国すっかり気に入ったのでまた絶対来よう。

明日は早朝大移動だ。なのに朝少し風邪気味だったのが本格的な風邪になってしまった。のど痛い、鼻水出る、頭痛い、熱ある。絶対逃しちゃいけない移動が控えているので徹夜するつもりで予定立ててたけどめちゃくちゃしんどい。正念場だ。