2013年 10月 の投稿一覧

忘却

だんだんと捨てられる対象が大きくなってくるとふと気がつくんだけど、物理的なものを減らしてデジタル空間の0と1がつくる幻想を捨てて、最後に行き着くのは記憶喪失なんじゃないかな。文字通りの記憶喪失というよりかは忘却に近い。自分がどんな人間だったか思い起こさせるような機会が減れば過去の延長ではない生き方もできるように思える。空っぽの状態になって新しいものしか入らなくなれば、新しい記憶で全てが塗り替えられる。自分の人生に大きな不満はないけど、もっとうねりがある人生のほうがさぞ楽しいだろう。引き続き減らせるもの減らすか。

2 Simple Ways to Make More Time

I notice that my life is slightly changing. I become more stress-free and more abundant in time than I used to be. This is simply because I comply with 2 principles.

1. Getting up early

I adjust myself to wake up at 4:50 am. This habit forces me to go to bed early without wasting time doing something trivial at night. Lately, I do eat less and use the internet less after I come home. Instead, I spend more on reading books.

2. Killing the Internet

The Internet is convenient but distracting. I have more time since I decided to use it limitedly. Next week, I move to a new apartment but I won’t have any Internet connection at home.

We can focus on what adds value to our own lives not by possessing convenient tools and acquiring efficient ways but by getting rid of distractions.

ゆっくりとラジカルに進む変化

ここ1年ぐらいでだいぶ趣味・嗜好が変わった気がする。部活の引退と旅がそれらを変えたという話。

約一年前に部活を引退して水泳を一区切り。せっかく鍛えあげた体だから維持したいし、体を動かして鍛えておくことが日頃いかにポジティブに働いているか自覚していたのでスポーツは続けるつもりでいた。水泳に未練はなくやり切ったので今度は憧れていたボクシングを始めた。引退してから4日後にはボクシングジムに入会していた。

どちらかというと自分は練習し始めるまでは腰が重いけどやり始めると自分を追い込むことに夢中になるタイプ。ジムに行ってしまえば何ラウンドでもサンドバッグを叩いていられる。朝走ったりジムでサンドバッグを叩いたりするのは自分の気性に合っていたし、現在もコンスタントに通い続けている。

ボクシングを始めてからは食生活が変わった。水泳をしているときはとにかくエネルギーを使うから炭水化物を中心に肉と野菜、魚、くだもの、豆製品、乳製品などバランスよく食べていた。試合のあとに脂っこいものを食べるのが最高だった。しかしボクシングジムに通うようになってからはとにかく体重を気にした。自分は太りやすく筋肉もすぐにつくので増量はラクなのだがその分体重を落とすのがツライ。水泳で鍛えた筋肉はなかなか落ちない。食事は低炭水化物、高タンパク質、低カロリーなものになった。GI値が低いものを食べるようになり、毎日の食卓は玄米と鶏のささみとブロッコリーが中心になった。4月からは食生活をさらに改め、魚やきのこ類、牛乳・豆製品を積極的に食べるようにした。

つい先日ボクシングジムに通いだしてから一年が経った。食の嗜好は一年前とは明らかに変わっていた。何でも気にせず食べていいというなら以前であれば脂っこいもの、揚げ物、ラーメン、ピザ、ケーキ、チョコレート、ウイスキーなどをチョイスしていただろう。でももし今なんでも食べてもいいなら、サバ、うなぎ、うどん、きのこ、湯豆腐を食べたい。チーズとアボカドも少しだけ欲しい。ヘルシーでさっぱりとした食材を素材に近い状態で食べたい。しめじと玄米とあさりをめいっぱい食らいたい。スイーツも食べていいならおはぎが欲しい。

他にここ一年の話で言うと、部活を引退してからは自分で好きに予定を組めるようになったので旅行を何度かした。趣味・嗜好が変わった要因としては競技以外にも旅の影響が大きい。ご当地の名物を満喫していなかったら出会わなかったであろう素晴らしいものをいくつか見つけた。自分のお気に入りはロシア文化のバニャ(いわゆるサウナ)、香川のうどん。ウクライナから帰ってきてからはボクシングしたあとにサウナに通うのが楽しみになった。体重を気にしている身としては水分であっても体重計の数値が減るのは嬉しい。それからうどん。香川はこの前の旅で最初の目的地とした場所。うどんがあんなにおいしいものだったとは知らなかった。平日炭水化物を減らしすぎたときは週末にぜひ都内のおいしいうどん屋めぐりをしたい。

他にも趣味・嗜好の変化を挙げるとキリがない。モノを減らして身軽になりたいという気持ちは旅に出てみてより一層強まったし、物質的な豊かさよりも精神的な充足感を重視するようになった。本を並べて満足するよりも無知な状態でどこか知らない土地に飛び込みたい。トレンドを追うよりも、普遍的なものを追求したい。『明日から使える〇〇な12の裏技』という現世利益的なものよりも、異なった文化・宗教観を持つ人々が共通して認識している考えとそのメカニズムを知りたい。

そういう諸々の価値観の変化を自覚していなくても、だんだんと選択・行動レベルで変わってきたなとふと思ったので文章にしてみた。イルクーツクにいるのと同じ感覚で渋谷を歩きたい。何も気にせずにただ自分の楽しみを探求する。この3連休のあいだにサウナ行ってうどん食べて映画見てコーヒー飲みに行きたい。

記録

日記を中学校入学以来9年半書き続けている。大学入学と同時に中高6年分を(誤って)捨てた。そして大学入学してから今日までは一日も欠かすことなくぎっしりと書いてきた。入学と同時に一人暮らしを始めて家計簿も今日まで毎日つけてある。レシートも全部ノートに貼って取ってある。家計簿の月次のまとめを見ると毎月食費や交際費や勉強などにいくら使ったか1円単位で分かるし推移も一覧にまとめてある。単位を取り終えて卒業を半年後に控えている今日、これらを見返すと自分が大学に入ってどのように変わってきたのかが読み取れるし、鮮明に思い出される。

でもこれらのものは見返すためではなく自己管理のために記録してきたので、今回持ち物を可能なかぎり減らす試みをしているから抜粋をスキャンして全部捨てようと思う。昔の自分がどうだったかなんて覚えてないほうがいいさ。

モノを捨てる

急遽引越しが決まりこれを機にモノを改めて捨てている。1年半ぐらい前にミニマルでいることの清々しさに気がついて何度も何度も回数を重ねて持ち物を減らしていっている。とはいえそれまで物欲にまかせて買い込んできた自分にとってモノに執着せず捨てるのは相当心苦しいことだった。

ストックしてあるが減らないものはもったいないという気持ちとともに捨てて、インテリアのためだけに買った家具も幸せには直結しないから捨てた。1年以上着ていない服も捨てた。なかには1,2回ほどしか着ていないものもあった。本は200冊以上処分した。そうして身軽になってバックパックひとつで海外旅行をしてみると本当に必要なものは想像以上に少ないことに気付かされた。

それからアップデートを重ねて持ち物はどんどん少なくなった。それでも半年前に引越しをしたときには持ち物の多さに自分のことながら辟易した。厳選して残ったものだけにこれ以上減らすのは難しい。そうは思っても事あるごとに見直してみると意外と捨てられる。モノを捨てるには訓練が必要なんだ。

6週間のバックパックの放浪を終えて日本に戻ってきて今回引越しをすることになった。残ったものを並べてみると普段使っている物と使っていないが価値のあるものに大別される。まずはどちらにも属さないものがわずかに残っていたので全てすぐに捨てた。電子機器の説明書や付属のケーブルやCD。なくなると困ると思っていてもガジェットの寿命があるあいだに使うことはないと確信した。次に普段使いしている物。これらは現役であっても代替可能で不可欠なものではない限り捨てた。プリンターや姿見、カバンなど。食器や服はそこそこ使うものであっても頻度が低いものはサイクルが短いもので事足りているので捨てることにした。洗濯と皿洗いの回数を増やせば問題ない。

そして本腰を入れて決別をしないと減らせないものに着手した。普段使いしている財布はブランド品の長財布。とても機能的とは言えないし買った当時の気持ちを振り返ってもやはり見栄とかステータスを価値基準にして購入したと思う。二束三文で売り叩いたとしてもより使い勝手が良いものを選んだほうが自分の人生にはプラスになりそうだ。今日売ってくる。あとはお気に入りの時計は壊れるまで使うので売ることはないし箱は捨てよう。そして値付けできない個人的価値のある思い出のものは今回でお別れしよう。海外で放浪しているときはそれらの存在は忘れ去ってしまっているし本質的には必要ではない。見返そうと思って取ってあるものに限って物を減らそうと思い立って持ち物を並べてみるまで見返さないものだ。良い思い出であっても過去に執着したくないので第三者になったつもりで非情にも捨てていくしかない。

作業が一段落してこうしてブログを書いていても明日になったら気持ちを新たにして捨てる決意ができるモノも出てくるので、まだまだ捨てていく。紙媒体のものであってもスキャンして取っておくことは物理的にしか捨て切れていないので手放したことにはならないしハードディスクも整理しなきゃな。聞いていない音楽、見ていない映画、見返すことのない家計簿データ、たとえ物理的スペースを占領しないものであってもどんなものであれ今をフォーカスして生きるのに必要でないものは捨てていかないと最終的には価値観を捨てていくことはできない。