モノを捨てる

急遽引越しが決まりこれを機にモノを改めて捨てている。1年半ぐらい前にミニマルでいることの清々しさに気がついて何度も何度も回数を重ねて持ち物を減らしていっている。とはいえそれまで物欲にまかせて買い込んできた自分にとってモノに執着せず捨てるのは相当心苦しいことだった。

ストックしてあるが減らないものはもったいないという気持ちとともに捨てて、インテリアのためだけに買った家具も幸せには直結しないから捨てた。1年以上着ていない服も捨てた。なかには1,2回ほどしか着ていないものもあった。本は200冊以上処分した。そうして身軽になってバックパックひとつで海外旅行をしてみると本当に必要なものは想像以上に少ないことに気付かされた。

それからアップデートを重ねて持ち物はどんどん少なくなった。それでも半年前に引越しをしたときには持ち物の多さに自分のことながら辟易した。厳選して残ったものだけにこれ以上減らすのは難しい。そうは思っても事あるごとに見直してみると意外と捨てられる。モノを捨てるには訓練が必要なんだ。

6週間のバックパックの放浪を終えて日本に戻ってきて今回引越しをすることになった。残ったものを並べてみると普段使っている物と使っていないが価値のあるものに大別される。まずはどちらにも属さないものがわずかに残っていたので全てすぐに捨てた。電子機器の説明書や付属のケーブルやCD。なくなると困ると思っていてもガジェットの寿命があるあいだに使うことはないと確信した。次に普段使いしている物。これらは現役であっても代替可能で不可欠なものではない限り捨てた。プリンターや姿見、カバンなど。食器や服はそこそこ使うものであっても頻度が低いものはサイクルが短いもので事足りているので捨てることにした。洗濯と皿洗いの回数を増やせば問題ない。

そして本腰を入れて決別をしないと減らせないものに着手した。普段使いしている財布はブランド品の長財布。とても機能的とは言えないし買った当時の気持ちを振り返ってもやはり見栄とかステータスを価値基準にして購入したと思う。二束三文で売り叩いたとしてもより使い勝手が良いものを選んだほうが自分の人生にはプラスになりそうだ。今日売ってくる。あとはお気に入りの時計は壊れるまで使うので売ることはないし箱は捨てよう。そして値付けできない個人的価値のある思い出のものは今回でお別れしよう。海外で放浪しているときはそれらの存在は忘れ去ってしまっているし本質的には必要ではない。見返そうと思って取ってあるものに限って物を減らそうと思い立って持ち物を並べてみるまで見返さないものだ。良い思い出であっても過去に執着したくないので第三者になったつもりで非情にも捨てていくしかない。

作業が一段落してこうしてブログを書いていても明日になったら気持ちを新たにして捨てる決意ができるモノも出てくるので、まだまだ捨てていく。紙媒体のものであってもスキャンして取っておくことは物理的にしか捨て切れていないので手放したことにはならないしハードディスクも整理しなきゃな。聞いていない音楽、見ていない映画、見返すことのない家計簿データ、たとえ物理的スペースを占領しないものであってもどんなものであれ今をフォーカスして生きるのに必要でないものは捨てていかないと最終的には価値観を捨てていくことはできない。

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