Writing

ソウルから帰ってきてからいろいろと順調な反面でかなり忙しくて心が休まらなかった。スランプに陥っているときは、頭ではやろうと思っていても体が言うことを聞かない。しかしいまは逆で、頭では「休まなきゃ、友達・家族・恋人と過ごす時間を大切にしなければ、心が燃え尽きてしまう前に自分がなぜ前に進みたがっているのか明らかにしなきゃ」と考えていても自分の理性がそうさせてはくれないし体が心を置いて働いている。大きなタスクと心配事が昨日解決してグッスリ眠れて、ようやく今朝コーヒーを飲みながら自分の好不調の違いを生む要因を探ってみたりブログを読み返してみたりすることができた。

それでブログを読み返すと改めて実感するのは自分が大学生活で最も変わった点のひとつが文章を書くのが好きになったということだ。あと一ヶ月書き続ければ10年分に達するほど日記を綴っているが、大学4年分は日毎に文章のボリュームが多くなっている。内省的な日記を書くようになってからは自分の心情のニュアンスの違いを表すような言葉を選ぶのに注意するようになった。まあ自分しか読まないんだけど。高校生までの間は全くと言っていいほど本を読んだことがなかったが、何がきっかけだったのか大学生になってからは生活費を切り詰めて本を読み漁った。と言ってもビジネス書や技術書ばっかりだったので文学を楽しんだりとか教養的知識が身についたりはしていない。しかしそれらの本で得た"言葉選びが生む強烈な印象の違い"や"ロジカルな文章を書く記号表現や構成"などの知識は書くこと自体への自分の興味を高めてくれた(それらの知識が活かせているかは分からないが)。そして書くことへの興味を最も高めてくれたのが語学であり、語彙や文法や話し方やそれらの背景にある考え方の違いを知る楽しさだ。語学を楽しいと思うようになったのはロシア語の響きに魅了されたこと、この15ヶ月の間に初の海外旅行を含む5度の海外渡航をしたことの影響が大きい。

なので本当はもっと文章を書く訓練をしたいなと思っている。自分にとってブログを書く唯一の理由は、自分個人の立場から人の目に触れる場所に文章を書けるからだ。ブログにアクセスを集めて収入を得る、あるいは注目を集めるなどというのは全く意図していないので広告も貼っていないしGoogleAnalyticsでアクセス解析したりもしていないしTwitterやfacebookで更新を通知したりしていないしビジュアル的な理解のために画像を多く貼ったりなどを心がけてもいない。tumblrを使う理由もWordPressほどの高機能は必要ないからと思っているからで、シンプルなテーマを使う理由も文章以外のものに気を逸らしたくないからである。そういう意味で読み手のことは全く意識していない横暴な書き手とも言えるし、事実フィードバックなんかもらいたくないと思っている(そもそも自分は、"自分が承認欲求を持つことが気持ち悪くて許しがたいので人とあまり接したくない"と思っている類の人間だ)。一言で言うとアートのそれと近い。読み手を意識すると表現の幅が狭まってしまう。それでもブログというメディアを選ぶ理由は、一人称でしか理解できない日記を書くのとは比べ物にならないくらい文章表現そのものを高めてくれると考えているからだ。なのでブログのトピックにこだわりはない。私事であっても第三者が理解して情景や心情を浮かべることができるような文章を書けたらなと思っている。

それで、いつだって問題になるのは時間があまりにも足りないことだ、と実感するのだった。

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P.S.
でも堅苦しいブログにするのは自分の趣味として味気なく感じるので、しょうもない投稿をpostして更新頻度を上げたいなと思っていたりもする。

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