2014年 11月 の投稿一覧

モルダウ

1874年11月20日から12月8日の間に作曲され、初演は1875年4月4日にアドルフ・チェフの指揮で行われた。ホ短調。「モルダウ」(ドイツ語: Die Moldau、英語: The Moldau)の名でも知られる。
この楽曲でスメタナは、ボヘミアの大きな川の一つの音を呼び起こすためにトーン・ペインティングを用いた[3]。スメタナは、以下のように述べている。

この曲は、ヴルタヴァ川の流れを描写している。ヴルタヴァ川は、Teplá Vltava と Studená Vltava と呼ばれる2つの源流から流れだし、それらが合流し一つの流れとなる。そして森林や牧草地を経て、農夫たちの結婚式の傍を流れる。夜となり、月光の下、水の妖精たちが舞う。岩に潰され廃墟となった気高き城と宮殿の傍を流れ、ヴルタヴァ川は聖ヤン(ヨハネ)の急流 (cs) で渦を巻く。そこを抜けると、川幅が広がりながらヴィシェフラドの傍を流れてプラハへと流れる。そして長い流れを経て、最後はラベ川(ドイツ語名エルベ川)へと消えていく。

人はなぜ慶應に「宇宙人」を期待してしまうのか 三田祭と青木大和問題で考えたこと : 陽平ドットコム~試みの水平線~

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両利きになりたい人が両利きを目指すサイト

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自分を嫌いに感じた瞬間

先週に引き続き今週も忙しい一週間を過ごした。朝から晩まで働くどころか朝から朝まで働いた。今日は昼夜逆転して昼に起きた。仕事が忙しいと仕事以外の時間の使い方が分からなくなってしまい、時間を持て余して考え事が多くなってしまう。そんなときはもっぱら、仕事の時間には忘れてしまっている自分の生き方・有り様について考えを巡らす。

一昨日に仕事が一区切りついた。その日は全社で行う四半期ごとのふりかえりもあったので、「仕事が終わったら美味しいものを食べて一息ついて、また明日から気持ちを入れ替えて頑張ろう」と考えていた。しかし会社の方針や他部署の状況を聞いているうちに、「自分が一生懸命やっていることに何の意味があるのだろう」という思いが込み上げてきた。自分の今の状況が、自分の人生全体に対して最適化された状態からは程遠いと感じた。自分の成長を一番のモチベーションにして働いて、技能と業務知識を磨いてきた代わりに、自分の心の有り様や生活を犠牲にしてきている。燃え尽きとは違う嫌悪感のような感情だ。

今の自分は感情的なので嫌いだ。頭で良くないと思っていてもストレスに対して感情的に対処してしまっている。成長できるという甘い言葉は、やればやるほど一歩先に進めると自分を勘違いさせる。長く働くことはそれ自体がストレスだし、ストレスを解消する機会も奪ってしまう。成長できるという点以外で自分をモチベートするものが、今の環境にあるかをよく考えないといけない。そこまで考えると、今の自分はすっかり狭い社会で生きてしまっていて、本当に情けないと感じる。なのでもう少し人生の最適化を図りたいと思う。

仕事のふりかえり

先週の金曜日、一人遅くまでオフィスに残っていて静かに考え事ができたので、仕事のふりかえりをした。日報に送った内容だけど、気づきを忘れないように記録としても残しておく。

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今週はシステムの設計部分に時間を割きすぎたなと反省しています。
手戻りや変更が少ない完璧に近い設計を追求することと、ある程度は開発者の裁量に任せて走りながら考えるという状態を許容すること
の2つのバランスにおいて、前者に比重が傾いていたなと思います。
PMの業務をやりながら感じることは、コミュニケーションや進捗・タスク管理というアウトプットが見えづらい仕事に自分の時間が多く割かれるなということです。
自分の仕事としてアウトプットが形に残りづらいので、「これだけ働いたのに形として残っていない」と焦る気持ちもあるのですが、
かといって自分が手を動かしてアウトプットを残そうとすると、他の人に作業を振ることが出来ないでスケールしないしリソースの使い方も全体で見ると非効率になります。
そのうえ本業の橋渡し役が務まらないで自分がボトルネックになりがちになってしまいます。
「プロジェクトをマネジメントするためにあれもこれも把握しておかないといけない、自分が全ての作業に関与していないと不安だ」
と考えてしまうのが現状の自分の悪い点なので、全てを知る必要はないとある程度達観することと、作業に携わって状況を知るという方法ではなく、
自分が何もしなくても作業者のほうから進捗が報告されるような仕組みをつくることが、PMの本業に集中するためには必要だなと感じました。
ひとまず今日はタスクと進捗を整理しなおし、自分の立ち位置とプロジェクトの状況を再認識しました。

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あとはいち技術者として思うことは、学生のときに身につけた技術周りのスキルは所詮アマチュアレベルだったなということです。
今まで自分のなかでは、仕様どおりにとりあえず動くプログラムは作れるな、という自負が少なからずあり、
万が一不具合があっても軽微な修正を行う程度だったので、そこまで下手なプログラムを作っているとは感じませんでした。
しかし対価としてお金をもらうレベルのプログラムを作るためには、目に見える要求仕様を越えて、
複雑なビジネスの手続きそのものやロジックの変化を吸収できる仕組みを、裏側に作れるようにならないといけないなとこのごろ感じています。
(拡張・変更・例外に耐えうるシステム設計、万が一障害が発生しても一秒でも早く復旧できるような仕組み、その障害の原因を特定できる仕組み、etc)
そういう意味でアマチュアとプロの違いは、
・アマチュアは仕様通りに動くものは作れても、何かが起きると都度自分が動かないといけない、自分の時間を奪う技術的負債を作る
・プロは仕様を越えて、どんなことが起きてもほぼ自分の動くコストがかからない、あるいは自分の時間を使う場合であっても正当な理由をもって顧客からお金を請求できる、お金を生み出す資産を作る
かなと思いました。
このあたりの設計のスキルは、ある程度経験がものをいう部分だろうと思って、焦らずに今後じっくり身につけていきたいです。

身体のコンディションを整えるのも仕事

10月はなんだか忙しい一ヶ月だった。調子を取り戻してあれこれと試みをして、前進のあった良い月だったけど、体調管理の面で反省すべき点も多かった。前半は仕事も仕事以外も精力的に取り組んでいたが、疲れを溜めて風邪をひいてしまい、後半は体調不良のなか仕事→家でぐったり→タスクが溜まって週末休めない→体調不良という負の連鎖だった。風邪がまったく治らず2回も会社を休んでしまい、仕事の遅れを取り戻すために始発まで働いて、休みの日はボロボロの体でジムに通っていた。いま思うとどこかでしっかり休めば良かった。休む習慣を持つから時間が生まれて頑張れるし、そうあるべきだと猛省した。

風邪をひかない身体かどうかというのは体調管理の良し悪しのバロメーターな気がする。部屋の温度・湿度を調節したり手洗いうがいを心がけたりして風邪の感染経路を断つことが、病原体に負けない身体づくりと同じくらい大事なことだ。そんな当たり前の心がけを怠るのは社会人としてもボクサーとしてもプロ意識が欠けている証拠だ。

この週末はそんな反省をしながら、しっかり休んで体を動かして健康的な食事が出来たので、11月はこのままコンディションを維持したい。それも仕事の一部だ。