研究室が職場

研究室にいる時間が職場で働いている感覚と全く同じになった。学校という社会に属している感じが全くしない。夏休み前までは授業と課題がベースで、それ以外の時間はひたすら言語処理と機械学習の勉強。先生・先輩・同期と新しい人間関係を構築して、学生に戻ったなあという気持ちがしばらくあった。前期の終わりには解析・学習のアルゴリズムがある程度実装できるようになり、夏休みは研究室にこもって論文を読んだり自分の研究テーマを進めたりすることができた。

後期が始まってからはだんだんと意識が変わってきた。いまは研究プロジェクトが主体の生活になり、論文投稿・研究発表という納期に向けてマイルストーンを設定して作業を進めている。定例の進捗報告があり、一週間でやったこと・次週にやることを洗い出す。進捗報告といっても本質的には自分の頭で考えた内容や作業をして浮かび上がった問題点、改善のための方向性を共有・議論する場に持っていかないといけないし、報告して言われたことをやるだけで進むような仕事はない。研究ならなおさらだ。だから机の上で考えることは前職とそんなに変わらず、最終的なゴールを見据えて、実現するための手段を構成要素に分解して、調べごとをして手を動かしている。

そんなふうに個々のプロジェクトを進めながらも、日常の業務に追われるだけでなくプロセスの改善も考える。組織として非効率になっている部分に目を向ける。情報共有やシステムの共通化が進んでいないために計算機を運用している係に同じ相談が来たり、個々人が環境構築の同じ問題に頭を悩ませている。プロジェクト優先にしてしまうと改善は進まず、むしろ負債がたまる。 仕組み化をしないと一部の人に仕事が溜まってボトルネックになる。プロジェクトが忙しいということが免罪符になると誰も取り組まなくなるのでリーダーシップを持ってタスク化してマネジメントしなければならない。自律化するまでは率先してやらないといけない。

研究室が職場と違うのは成果が帰属するのが組織ではなく個人という色合いが強いこと。研究室での活動が個々人に任されているので、組織としての共通のゴールがなく、組織全体で見て非効率になっている部分が生じやすいこと。上司が部下をマネジメントしているわけではないので、各々が持っている仕事が周知されないし効率化されない。会社の場合はチームで成果を出せばいいので、個人の負荷が重くなれば他の人とうまく分散してボトルネックが少なくなるようにすることができる。研究の場合は他の人のアイデアを実装することも論文を代わりに書くことも出来ないだろうし、そうするモチベーションも個人的な人間関係以外にはない。そういう意味では各々が個人事業主だ。自分の仕事量は自分でマネジメントしなければならないし、自分が倒れればあなたの代わりに仕事を進めてくれる人はいない。有給休暇はない。体が資本という言葉の重みは増す。しかしフリーランスと違ってsupervisorはいる。でも会社とも違って必ずしも利害は一致しない。会社員のときよりももっと上手い報連相の仕方を身につけていきたい。

こういう状況にあるので勉強は業務時間外にやるしかない。勉強したい・成長したいで飯が食えるのは会社員になろうが大学院に進もうが学部生のときまでだなあと思う。大学院は研究するところ。研究室にいる滞在時間がただ長いだけの人にならないように考えると、自分のデスクがますます仕事場と化す。いまは家に仕事は持ち帰らないし研究・仕事・プライベート兼用のPCも家で使わなくなってきた。逆に研究室では仕事しかしないし、人間関係の意味合いも学部時代の交友関係よりも職場の上司・同僚関係に近い。平日でも休めるが土日でも仕事をすればしただけ進む。もう少し落ち着いたらオン・オフを含めて仕事としての研究をもっとうまくやる方法を考えたい。

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