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東アジア周遊記1:2013年07月30日 旅1日目 出発

2013年07月30日 旅1日目 出発

2:50に起きて出発前の総チェック。5時に家出て青春18きっぷで東京→名古屋。友達と会ってランチ。その後京都駅で八ツ橋買っていっきに高松まで行った。着いたの22時前。うどん屋はしごして食べ比べ。カプセルホテルのサウナでスッキリしてビール飲んで一泊。初日良い日だった。

グローバル化

夏休み、日本にいたら留学生の友達の誕生日パーティーに参加したり、日本に遊びに来るウクライナの友達と出かけたりできたのになぁ。そのころは船と鉄道で大陸放浪してるころかな。

8人部屋の安宿泊まって情報交換して、大陸を横断する鉄道に乗って旅人友達作って、ロシア語使って現地の生活に入り込んで、言葉の通じない内陸の国まで行って世界遺産の自然に圧倒されて、バックパック一つでブラブラして屋台でメシ食ってタクシーでぼったくられて。6週間旅してまたいろんなこと持ち帰るんだろうな。

今度はブエノスアイレスでスペイン語とタンゴを習うか、モスクワで数学とロシア語を習うかしたいな。バンコクでムエタイ習うとかシンガポールで働くとかアメリカ西海岸でコンピュータサイエンス勉強するとか。行きたいところと勉強したいことがたくさんあるなあ。

一年前は海外に行ったことすらなかったのに。シェムリアップでアンコールワット見たあと現地のカンボジア人に招かれてクメール語しかしゃべれない彼らとビール飲んでカラオケ行ってケータイの番号交換したのが懐かしい。遠い昔のような気がする。この一年でなんか世界が広がったなあ。また冬になったらウクライナ遊びに行こ。

キャリアプランなどない

僕には「大人になったら何になりたいか」がいまだに決められない。世界はとても広くて、世の中にはまだ見ぬ楽しい事がたくさんあるに違いない上に、「将来の自分にとって何が幸せか」は予測できない。だから、仕事を含め人生で大事な事は、そのときの状況に応じて、ノリというか、匂いというか、わくわくする気持ちというか、そういう直感的な気持ちに従って決めている。

言語

No es muy difícil para mí leer frases en español. ツイッターの設定画面スペイン語にしてるけど差し支えない。ツイートボタンが"Twittear"て書いてて何か愛着がわく。ロシア語はスペイン語以上に使いこなしたい。Я люблю русский язык. ロシア語は響きに一目惚れした。音に一目惚れって日本語としておかしい感じもするけどそんな感じ。

サピア=ウォーフの仮説ってあるような気がする。プログラミング言語だと関数型のSchemeとかHaskellとか学んでみたい。あと言語としての数式を掘り下げて勉強したい。そんな感じ。

TCPサンプルプログラム

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21歳と承認欲求

前回の日記でいろんなモノ捨ててますって書いたけどその続き。

いろんなモノ手放す理由は自分がやりたいことにフォーカスするためだと思う。
じゃあなんでそのやりたいことってやりたいと思うのだろうと考え始めると一日が終わる。
やりたいことの理由を探ると人生の目的は何か、とかまで考えてしまうから適当なところで線引き。
モノを減らす過程で2012年のふりかえりができて、「今年もやりたいことやった結果、実りの多い年だったな」なんて思った。
そしてこの時期はそのふりかえりをfacebookかmixiかtwitterかどこかしらに書いたりするのだけど、それすら余計なことなのかなって最近考えたりする。
SNSとかで頻繁に近況報告したりするほうじゃないし、連絡断ったりしているからか、友達に会ったときに『最近何してるの』って聞かれることが多い。
そういうときは、別に隠しごとしているわけじゃないから近況報告する。
自分のことは聞かれたら隠したりせず答えるけど、かといって自分から自分のことは話さないっていうスタンスな自分は、
話し始めるとけっこう未公開なネタが積もってたりしておもしろがって聞いてもらえたりする(そして『意外におしゃべりだね』って言われたりする)。
それで結局話し切れなくて、『たまにはfacebook更新してよ』なんて言われる。
でもネタがあるたびに更新してたらさすがにうざがられるだろうと思って、結局この時期の年に一度の近況報告となってしまう。

余計なモノ捨ててやりたいことをとことんやっている自分が一年間のことを一度にふりかえるとすごい長い文章ができる。
毎日日記書いているからネタを掘り起こそうと思うと無限に出てくる。
一年間のふりかえりの文章は、途中で書くの挫折するか、書き上げても長文うぜーわって自分でも思って永遠にお蔵入りしたりするか、のどちらかということが多いので、
数年に一度の”今年の総括”になったりする。

やりたいことやってる自分だけど、だったら無人島に住んでそれに没頭するかと聞かれてもうーんと思う。
いろんなモノ捨てて、やりたいことに集中しているとはいえ、何もかもは捨て切れないという矛盾。
自分の場合、それは誰のためでもなくやりたいからやっているのだけれど、誰もいない世の中で続けられるわけでもなさそう。
話が飛躍するけど、そんなふうに承認欲求とは何かを考えてたら一日が終わった。
別に誰かに報告するためにやりたいことやって生きているわけじゃないけど、たまには自分のこと話したいという気持ちが起きたりもする。
それは承認欲求がそうさせるのかもしれないけど、自慢話も不幸話もするのが億劫となると何を話せばいいのだろうね。
どんなメッセージも受け手の解釈次第だから、考えるの面倒になるわ!

そうして結局、
「めんどくさ。あほくさ。人からどう思われようが知らんがな。そんなこと考えるの煩わしいから聞かれたら答えよう。」というスタンスに落ち着いて、
「自分は自分、他人は他人。周りのことは気にせず好きなことやって太く短く生きるわ。最高だわ。」って人知れず奇行を実行するので、
ネタが積もっていって急に自分語りしたくなったりするのである。
語ったら語ったで、後日しゃべり過ぎたと後悔したり、黒歴史な投稿をそそくさと消したりする。

両極端すぎるわ!