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ハイパーテキスト・コーヒーポット制御プロトコル

The Hyper Text Coffee Pot Control Protocol (HTCPCP) is a facetious communications protocol for controlling, monitoring, and diagnosing coffee pots. It is specified in RFC 2324, published on 1 April 1998 as an April Fools’ Day RFC, as part of an April Fools prank. An extension is published as RFC 7168 on 1 April 2014 to support brewing teas, which is also an April Fools’ Day RFC.

何をやってもすっきりしない

3月の卒業旅行以来、以前よりは腰を据えて物事に取り組めている。そのおかげか最近は万事順調だ。仕事、ボクシング、勉強は少しずつ手応えを感じているし、恋人・家族・友人との人間関係も円満だ。経済的な不安もないし体もいたって健康。表面だけ見れば好調ではあるけど、しかしながら心の底では何をやってもすっきりしない。

3月からを少しふりかえると、卒業旅行では大阪を出発して香港, マカオ, セブ, 台湾, 沖縄と島巡りをし、卒業式の日は式に出席せず温泉旅館でのんびりしようと思いながらも家で寝て過ごし、4月の入社式以降はタフな仕事をこなしつつも自分の時間をなんとか作って勉強とボクシングを継続し、5月のゴールデンウィークは17ヶ月ぶりに家族・兄弟と集ってかけがえのない時間を過ごした。後からふりかえってハイライトと呼べる思い出があるのが唯一の救いで、当時も今も多くは葛藤しながらなんとかやっている。

先日研修でタイムマネジメントの講座を受講したが、そこでは目新しい方法論は特に見つからなかった。優先順位のつけ方、時間の使い方をある程度学んでしまうと方法論いかんで生み出せる時間はだいたい限界に達する。自分が考えるタイムマネジメントの本質は価値観の取捨選択とストレスマネジメントだ。24時間を越えて一日の時間を増やすことはできないのだから、やりたくてやること、やりたいけどやらないこと、やりたくないけどやること、やりたくないからやらないことを自分のなかで線引きして収めるしかない。そうして描いた24時間の円グラフを考えどおりにこなせるかどうかは、仕組み化・習慣化の段階を含めて究極的には意志の力にかかっていると思う。意志の力をコントロールするために良いストレス・悪いストレスのマネジメントをする、そういう意味でタイムマネジメントはメンタルのマネジメントであるとも言える気がする。

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何をやってもすっきりしないのは原因が2つあって、ひとつは気を休めることが苦手なせいでストレスマネジメントがうまくいっておらず、集中力を最大限に発揮できていないこと。休日14hぐらい勉強しようと思っていても何週間も根詰めていると全く手がつかず、時間を切望しているくせに休日を無為に過ごしてしまう。かと言って思い切って遊んでみても羽目を外し切れずどちらにせよ自己嫌悪する。まぁ今日がそんな日だった。そしてもうひとつの原因は、もっと自分の性格と価値観の根本的な部分にあって、やりたいこと・達成したいことのマイルストーンばかりを追っていて、そこに向けて努力しているときか後からふりかえるときしか充実感・満足感を感じられない体質にあると思う。目標を前へ前へと置く限りは何をやっても欲求不満だ。

それで「あ、やっぱりこの性根はどうしようもないな」と思って今はいつもどおり開き直っている。明日からまた頑張るか。

Important but Not Urgent

Yesterday I wrote a programming code 12 hours straight. I have more tasks than usual for now, because I went on a graduation trip for 11 days and just came back home 6 days ago. As always, these weekdays I was engaged in working, going to the gym and learning foreign languages. I make it a rule to deal with my To-Do list on Saturday and Sunday, so that I can batch them and concentrate on my typical habits and projects on workdays. However, this weekend I didn’t have enough time to get things done because of a pile of urgent errands. That’s why I was extremely busy yesterday and I still have the untouched To-Do list now.

Today I woke up at 10:30 with an idea related to the program I dedicated to last night. This may be because I was thinking about it in a dream (nightmare?). So I immediately started to work this morning. But after improving the program for 2 hours, I gradually noticed that my brain had no more space to work and I became short of concentration. It meant the working memory of my brain was almost full because I didn’t try to organize my thoughts, tasks, schedules, ideas and current situation. While working, whether I realized it or not, I was thinking what I should do next and what would be important for me. Therefore I stopped working and left for the gym to release my brain from chaos. After beating a punching bag repeatedly, I returned home and began to make my messed-up mind clear.

One of the ways to know where I am is doing something Important but Not Urgent. Before we start to do this, it is necessary to think what are important for us. I usually invest part of my time and money in myself. So what should I do next? I have an answer; I shall give something precious to others. This sounds weird because I am a man who don’t want to get involved with people so much. This is not because I hate them, but because I would rather concentrate on what I want to do without distraction from others. I closed my facebook account and deleted almost all of contacts from my phone. As a result, I get more time to spend for more important things. I never want to spare the time to stay with someone who are trivial, not precious for me. Instead, I am willing to help, cheer and say thank you to my friends, family, girlfriend and other people around me I really love, who also consider me with warm affection. So this evening I sent messages to them and said, “How’s going?”, “Hey, what’s up?”, “Let’s drink next time!”. In fact, I have my own traditions and philosophy of social relationship; “Don’t drink with others whom you can’t have a good time with without drinking”, “Keep in contact with your loved ones even if you and they trust each other at all”, but the most important attitude is “To be honest”.

After chatting with my friends, любимой девушкой and family, now I recognize where I’m going again. These good habits always spur me into my own projects without looking back over the past and being anxious about dying with regrets for not staying with my precious ones. I could carry out my Important but Not Urgent things. That’s why lots of tasks still remain even now.

Yes24.comで本を買った

韓国の大手オンライン書店で本を買ってみた。海外発送しているのにWebサイトは韓国語オンリー。しかもクレジット払いをするのにActiveXが動かないとダメなのでわざわざMacからWindowsを立ち上げて購入した。久々にIE触った。

注文するのにとても時間がかかったのに荷物のほうはEMSですぐ届いた。TOEIC, TOEFL, GRE, GMAT等々、韓国の書籍にも優れた参考書・問題集があると聞いたので試しに購入してみた次第です。中国・韓国のこういった各種資格・入学試験への熱(市場)は日本以上に成熟しているものがあり、ときに精巧な試験対策の功罪なのか見かけの点数に比べ全く英語ができない留学生が米国の一流大学に潜り込んでしまうとかしないとか。その背景には日本以上の熾烈な競争社会とグローバルエリート志向があるのだろうな。近年流行りのフィリピン語学留学も現地の学校は韓国資本のものが多いし。数日前まで卒業旅行に出かけていてセブ島・マクタン島にも数日間滞在したが、やはり現地の遊ぶところで出会うのは韓国人の学生が多かった。というかどこの国に行ってもサムスンとヒュンダイを見かけるし、どこの宿に泊まっても韓国人に出会う。翻って日本と日本人のことを考えてみると、いま話題の移民受け入れは日本という国では特に難しい気もするし、逆転の発想で移民受け入れのリスク(例えば労働市場の激変)とグローバル化の流れ(あるいは移民政策が定着せず人口減少に歯止めがかからずガラパゴス市場が縮小するというシナリオ)を考慮して自分たち日本人がいつでも外に出られる準備をしておくことが肝要なんじゃないですかね、と思ってもいないことを書いてみる。Anyway, 英語圏の大学に留学したいと考えている人は、韓国の予備校とか教材をうまく活用したらいいんじゃないかというのが今日言いたかったこと。授業が英語で行われていればの話だけど。参考書・問題集を選ぶときも解説が英語のものを選んでください。個人的にはハングル勉強したいけど。ソウルは気に入っている都市のひとつなのでいつか住んでみたい。

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P.S.
Macで仮想化ソフトを使ってWindows動かしているけど、Parallels DesktopとVMware Fusionの両方を使ったことがある自分としては後者のほうが動きが良くて気に入っている。

学部時代の成績

3日前に最後の成績発表があって無事に卒業が確定した。と言っても春学期時点で卒業要件よりも10単位以上多く取得していたので何の心配もなかったのだけど。今回の秋学期の判定をもって正式に"修了"となった。

少し気にしていたのがGPA。春学期時点で3.X0だったので学部4年間を通しての成績にはおおむね満足していた。夏休み以降は学業から離れて旅行をしたり働いたりしてギャップイヤー的に過ごし、「本当に充実した大学生活を送れたな」なんて思っていた。そして先日成績を見たら秋学期授業に出てないはずの科目になぜかCがついていて結果としてGPAが3.X0を割ってしまった。0.1桁台の数字の違いは何気に大きい。この科目は通年で成績が評価されるらしく、春学期熱心に授業に参加していたため秋学期授業に参加していないにも関わらず通年でCがついてしまったのだ。そこはD(不可)にしてくれよorzって思って学事に問い合わせたけど、成績を下げることに関しては異議申し立てが出来ないそう。

そんなわけでなんか若干もやもやしながら再来週には卒業式を迎える。

Writing

ソウルから帰ってきてからいろいろと順調な反面でかなり忙しくて心が休まらなかった。スランプに陥っているときは、頭ではやろうと思っていても体が言うことを聞かない。しかしいまは逆で、頭では「休まなきゃ、友達・家族・恋人と過ごす時間を大切にしなければ、心が燃え尽きてしまう前に自分がなぜ前に進みたがっているのか明らかにしなきゃ」と考えていても自分の理性がそうさせてはくれないし体が心を置いて働いている。大きなタスクと心配事が昨日解決してグッスリ眠れて、ようやく今朝コーヒーを飲みながら自分の好不調の違いを生む要因を探ってみたりブログを読み返してみたりすることができた。

それでブログを読み返すと改めて実感するのは自分が大学生活で最も変わった点のひとつが文章を書くのが好きになったということだ。あと一ヶ月書き続ければ10年分に達するほど日記を綴っているが、大学4年分は日毎に文章のボリュームが多くなっている。内省的な日記を書くようになってからは自分の心情のニュアンスの違いを表すような言葉を選ぶのに注意するようになった。まあ自分しか読まないんだけど。高校生までの間は全くと言っていいほど本を読んだことがなかったが、何がきっかけだったのか大学生になってからは生活費を切り詰めて本を読み漁った。と言ってもビジネス書や技術書ばっかりだったので文学を楽しんだりとか教養的知識が身についたりはしていない。しかしそれらの本で得た"言葉選びが生む強烈な印象の違い"や"ロジカルな文章を書く記号表現や構成"などの知識は書くこと自体への自分の興味を高めてくれた(それらの知識が活かせているかは分からないが)。そして書くことへの興味を最も高めてくれたのが語学であり、語彙や文法や話し方やそれらの背景にある考え方の違いを知る楽しさだ。語学を楽しいと思うようになったのはロシア語の響きに魅了されたこと、この15ヶ月の間に初の海外旅行を含む5度の海外渡航をしたことの影響が大きい。

なので本当はもっと文章を書く訓練をしたいなと思っている。自分にとってブログを書く唯一の理由は、自分個人の立場から人の目に触れる場所に文章を書けるからだ。ブログにアクセスを集めて収入を得る、あるいは注目を集めるなどというのは全く意図していないので広告も貼っていないしGoogleAnalyticsでアクセス解析したりもしていないしTwitterやfacebookで更新を通知したりしていないしビジュアル的な理解のために画像を多く貼ったりなどを心がけてもいない。tumblrを使う理由もWordPressほどの高機能は必要ないからと思っているからで、シンプルなテーマを使う理由も文章以外のものに気を逸らしたくないからである。そういう意味で読み手のことは全く意識していない横暴な書き手とも言えるし、事実フィードバックなんかもらいたくないと思っている(そもそも自分は、"自分が承認欲求を持つことが気持ち悪くて許しがたいので人とあまり接したくない"と思っている類の人間だ)。一言で言うとアートのそれと近い。読み手を意識すると表現の幅が狭まってしまう。それでもブログというメディアを選ぶ理由は、一人称でしか理解できない日記を書くのとは比べ物にならないくらい文章表現そのものを高めてくれると考えているからだ。なのでブログのトピックにこだわりはない。私事であっても第三者が理解して情景や心情を浮かべることができるような文章を書けたらなと思っている。

それで、いつだって問題になるのは時間があまりにも足りないことだ、と実感するのだった。

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P.S.
でも堅苦しいブログにするのは自分の趣味として味気なく感じるので、しょうもない投稿をpostして更新頻度を上げたいなと思っていたりもする。

閉じ籠もらないこと

閉じ籠もらないこと

2014年が始まってすでに40日が経過した。中長期的目標は以前から掲げているものの今年に入ってからはじっくり腰を据えて取り組めていない。というよりも自らそういう環境に身をおいている。年明け時点で学生生活も残り3ヶ月。遊びも努力も概ね満足できるくらい充実していた学生生活ではあったが、最後の最後まで妥協せず今しかできないことをやりたい、社会人になる前にもっといろんなものを見たり経験したりしたい。そういう思いもあって1, 2, 3月は毎月何かしらのテーマを持って海外に出かけることに決めたのだ。

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それで2013年の大晦日にロンドンへ渡った。ウクライナには行ったことがあるのでヨーロッパは初めてではないがEU圏に来るのは初。ヒースロー空港からビッグベンまで移動して大時計を見ながら年を越したあとは全くのノープランだった。1月13日発のバルセロナから成田への帰りの航空券以外は自分の旅の方向性を決定づけるものは何もなかった。当初頭に浮かんでいたのはロンドン、パリ、バルセロナをヒッチハイクとカウチサーフィンを使って縦断しながら現地の人と文化にディープに触れる2週間にしようというものだった。

1月2日にロンドンの郊外で1台目の車を捕まえてからはあっけないくらい順調に先へ先へと進んだ。ドイツへ向かう一行とドーバーを渡りフランスのカレーを通って東へ。ベルギーのブリュッセル空港で別れた時はなんとも言えない寂しさと興奮の混じった感情だった。バスでブリュッセルの中心地に着いたのがその日の23時過ぎ。パリに向かうはずが気がついたらブリュッセルにいたので宿のあてもまったくないし時間も時間だ。お店がどこも開いていないので酒場に入って宿を知らないか尋ねた。「今日はロンドンからヒッチハイクでここまで来た」と経緯を話すと近くにいた男がクレイジーなジャパニーズだとえらく気に入ってくれて二人でビールを飲んだあと、『おれはゲイじゃないからウチに泊まっていきな』と言われホイホイついて行った。こういうときは難しく考えず直感に従う。休暇を使ってドキュメンタリーを撮りに来たというフランス人のその男と彼の友人と、次の日は街を撮影して回った。

人生はおもしろいなと改めて感じて勢いづいた自分は、その後も直感に従ってヒッチハイクをくりかえしてルクセンブルク、リヨン、パリを回った。ルクセンブルクの要塞そのものの街、リヨンの美食、パリの芸術、そして車に乗せてくれた人々のことは決して忘れられない。パリからバルセロナへと飛んだあとも同じドミトリーにいたオーストラリア人の女性とパエリアとサングリアを味わいに出かけたり一人でアンドラという小さな国まで日帰り旅行をしたりした。カタルーニャの空気感、ガウディの建築、情熱的なフラメンコの舞、そして美食と人々の活気。長年行ってみたいと思っていたバルセロナは本当に素晴らしい街だった。

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日本に帰ってきてからは相変わらずボクシングをしたり語学の勉強をしたり働いたりして忙しくしていた。このときは体調が良くなくて気力もスランプ気味で大変だった。何より時間を取られたのが2月初めに控えていた旅行の計画だった。昨年の夏にモンゴルのウランバートル行きの国際列車で同じコンパートメントだったロシア人の女性とソウルでデートすることになっていたのだが、このときばかりは先のヨーロッパ旅行のような奔放な旅をするわけにもいかず、ウランバートルでとても良くしてくれた彼女のために何をしてあげられるか、どうやったら喜ばせてあげられるかと頭を悩ました。ロシア人女性とソウルでデート、それだけでハードルがものすごく高い。

女性を喜ばすことはいつの時代の男性にとってももっとも難しい課題の一つだ。周到に準備をしていても彼女の機嫌によってはそれらのプランが全く役に立たないこともある。何重苦もの壁があったが事前の用意と現地に着いてからの情報収集と旅で培った勘のおかげで最終的にはとてもうまくいった。彼女はとても喜んでくれたが、一番楽しんでいたのは自分だったと思えるくらい自分にとっても刺激的な休暇だった。日本語を勉強すると言ってくれた彼女がいつかこの投稿を読んだ時には何を思うのだろう。

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先週日本に帰ってきてからはとても好調だ。いろんな面で良い状態が続いている。先日おみやげを渡すためにウクライナ人の女性と中国人の女性と会食したのだが、『Hirokiは日本人っぽくないよね』とお褒めの言葉?を頂いた。「そういえば何でこうして日本でも外国人の友達に囲まれているのだろう」とふと思った。自分が感じている日本の好きな部分、日本人の嫌いな部分、外の国に出たいと思う理由がなんとなく浮き彫りになった気がした。

一年前まではまだ遠く感じていた外の世界がこの一年でグッと身近になった。一年前にウクライナで一ヶ月過ごして働いたり友達を作ったりしたことが原点だなと思う。きっかけをくれた今の職場には本当に感謝している。そして新卒で働き始める前に、来月は卒業旅行に出かけてまた新しい経験を積んで視野を広げて、これからの社会人生活の糧にしたいなと思う。