2014年総括

ひとことで言うと自分の考えがまだまだ未熟なんだと思い知らされた年だった。

2014年は大学を卒業して社会人として働き始めた節目の年。良い年にするぞと意気込んで2013年末に立てた一年の計は、結果的に全く役目を果たさなかった。

学生のころから働いている職場に入社することになっていたので自分なりに見通しは立っていたつもりなのだが、4月になって実際に社会人になってみると想像以上に大変なことが多かった。

職務内容が、という話ではなく、意識の切り替えに苦労した。仕事以外のやりたいことや目標に対して十分な時間を確保することができず、折り合いがつかずにストレスを抱えて働いた。それが原因で体調を崩してしまい、目標のいくつかを断念した。その後しばらくは仕事以外の時間は何かを頑張るということから離れて休養していた。入社以来、勉強-仕事-ボクシングという生活が続いていて長らく友達と遊んでいなかったので久々に連絡をとって遊んだ。症状が段々と良くなって10月くらいには完全回復した。それから社会人という立場に対する認識を改めて、その中で目標やキャリアを考え直して立ちなおった。それで仕事を頑張っていたら気が付けば2014年が終わっていた。

そういう一年だったので、今年何やったかなとふりかえると空回りしてたなと思う。なので2015年の一年の計はけっこうシンプルで、「2014年に出来なかったことをやる」だ。2015年にやろうと思っていたことは2016年にやることにした。

学生のときはいつも"何をやろう"と考えていたけど、いまは加えて"どこまでやろう"ということをよく考える。

いまいくつか取り組んでいることはどれも時間をかけるに値するので、2015年は腰を落ち着けて集中したいと思う。

モルダウ

1874年11月20日から12月8日の間に作曲され、初演は1875年4月4日にアドルフ・チェフの指揮で行われた。ホ短調。「モルダウ」(ドイツ語: Die Moldau、英語: The Moldau)の名でも知られる。
この楽曲でスメタナは、ボヘミアの大きな川の一つの音を呼び起こすためにトーン・ペインティングを用いた[3]。スメタナは、以下のように述べている。

この曲は、ヴルタヴァ川の流れを描写している。ヴルタヴァ川は、Teplá Vltava と Studená Vltava と呼ばれる2つの源流から流れだし、それらが合流し一つの流れとなる。そして森林や牧草地を経て、農夫たちの結婚式の傍を流れる。夜となり、月光の下、水の妖精たちが舞う。岩に潰され廃墟となった気高き城と宮殿の傍を流れ、ヴルタヴァ川は聖ヤン(ヨハネ)の急流 (cs) で渦を巻く。そこを抜けると、川幅が広がりながらヴィシェフラドの傍を流れてプラハへと流れる。そして長い流れを経て、最後はラベ川(ドイツ語名エルベ川)へと消えていく。

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自分を嫌いに感じた瞬間

先週に引き続き今週も忙しい一週間を過ごした。朝から晩まで働くどころか朝から朝まで働いた。今日は昼夜逆転して昼に起きた。仕事が忙しいと仕事以外の時間の使い方が分からなくなってしまい、時間を持て余して考え事が多くなってしまう。そんなときはもっぱら、仕事の時間には忘れてしまっている自分の生き方・有り様について考えを巡らす。

一昨日に仕事が一区切りついた。その日は全社で行う四半期ごとのふりかえりもあったので、「仕事が終わったら美味しいものを食べて一息ついて、また明日から気持ちを入れ替えて頑張ろう」と考えていた。しかし会社の方針や他部署の状況を聞いているうちに、「自分が一生懸命やっていることに何の意味があるのだろう」という思いが込み上げてきた。自分の今の状況が、自分の人生全体に対して最適化された状態からは程遠いと感じた。自分の成長を一番のモチベーションにして働いて、技能と業務知識を磨いてきた代わりに、自分の心の有り様や生活を犠牲にしてきている。燃え尽きとは違う嫌悪感のような感情だ。

今の自分は感情的なので嫌いだ。頭で良くないと思っていてもストレスに対して感情的に対処してしまっている。成長できるという甘い言葉は、やればやるほど一歩先に進めると自分を勘違いさせる。長く働くことはそれ自体がストレスだし、ストレスを解消する機会も奪ってしまう。成長できるという点以外で自分をモチベートするものが、今の環境にあるかをよく考えないといけない。そこまで考えると、今の自分はすっかり狭い社会で生きてしまっていて、本当に情けないと感じる。なのでもう少し人生の最適化を図りたいと思う。

仕事のふりかえり

先週の金曜日、一人遅くまでオフィスに残っていて静かに考え事ができたので、仕事のふりかえりをした。日報に送った内容だけど、気づきを忘れないように記録としても残しておく。

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今週はシステムの設計部分に時間を割きすぎたなと反省しています。
手戻りや変更が少ない完璧に近い設計を追求することと、ある程度は開発者の裁量に任せて走りながら考えるという状態を許容すること
の2つのバランスにおいて、前者に比重が傾いていたなと思います。
PMの業務をやりながら感じることは、コミュニケーションや進捗・タスク管理というアウトプットが見えづらい仕事に自分の時間が多く割かれるなということです。
自分の仕事としてアウトプットが形に残りづらいので、「これだけ働いたのに形として残っていない」と焦る気持ちもあるのですが、
かといって自分が手を動かしてアウトプットを残そうとすると、他の人に作業を振ることが出来ないでスケールしないしリソースの使い方も全体で見ると非効率になります。
そのうえ本業の橋渡し役が務まらないで自分がボトルネックになりがちになってしまいます。
「プロジェクトをマネジメントするためにあれもこれも把握しておかないといけない、自分が全ての作業に関与していないと不安だ」
と考えてしまうのが現状の自分の悪い点なので、全てを知る必要はないとある程度達観することと、作業に携わって状況を知るという方法ではなく、
自分が何もしなくても作業者のほうから進捗が報告されるような仕組みをつくることが、PMの本業に集中するためには必要だなと感じました。
ひとまず今日はタスクと進捗を整理しなおし、自分の立ち位置とプロジェクトの状況を再認識しました。

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あとはいち技術者として思うことは、学生のときに身につけた技術周りのスキルは所詮アマチュアレベルだったなということです。
今まで自分のなかでは、仕様どおりにとりあえず動くプログラムは作れるな、という自負が少なからずあり、
万が一不具合があっても軽微な修正を行う程度だったので、そこまで下手なプログラムを作っているとは感じませんでした。
しかし対価としてお金をもらうレベルのプログラムを作るためには、目に見える要求仕様を越えて、
複雑なビジネスの手続きそのものやロジックの変化を吸収できる仕組みを、裏側に作れるようにならないといけないなとこのごろ感じています。
(拡張・変更・例外に耐えうるシステム設計、万が一障害が発生しても一秒でも早く復旧できるような仕組み、その障害の原因を特定できる仕組み、etc)
そういう意味でアマチュアとプロの違いは、
・アマチュアは仕様通りに動くものは作れても、何かが起きると都度自分が動かないといけない、自分の時間を奪う技術的負債を作る
・プロは仕様を越えて、どんなことが起きてもほぼ自分の動くコストがかからない、あるいは自分の時間を使う場合であっても正当な理由をもって顧客からお金を請求できる、お金を生み出す資産を作る
かなと思いました。
このあたりの設計のスキルは、ある程度経験がものをいう部分だろうと思って、焦らずに今後じっくり身につけていきたいです。

身体のコンディションを整えるのも仕事

10月はなんだか忙しい一ヶ月だった。調子を取り戻してあれこれと試みをして、前進のあった良い月だったけど、体調管理の面で反省すべき点も多かった。前半は仕事も仕事以外も精力的に取り組んでいたが、疲れを溜めて風邪をひいてしまい、後半は体調不良のなか仕事→家でぐったり→タスクが溜まって週末休めない→体調不良という負の連鎖だった。風邪がまったく治らず2回も会社を休んでしまい、仕事の遅れを取り戻すために始発まで働いて、休みの日はボロボロの体でジムに通っていた。いま思うとどこかでしっかり休めば良かった。休む習慣を持つから時間が生まれて頑張れるし、そうあるべきだと猛省した。

風邪をひかない身体かどうかというのは体調管理の良し悪しのバロメーターな気がする。部屋の温度・湿度を調節したり手洗いうがいを心がけたりして風邪の感染経路を断つことが、病原体に負けない身体づくりと同じくらい大事なことだ。そんな当たり前の心がけを怠るのは社会人としてもボクサーとしてもプロ意識が欠けている証拠だ。

この週末はそんな反省をしながら、しっかり休んで体を動かして健康的な食事が出来たので、11月はこのままコンディションを維持したい。それも仕事の一部だ。

復帰した

6,7月と不調が続いて苦しい思いをしたけど、8,9月で完全に回復した。8月に方向転換していったん休養。と言っても昼間はふつうに会社で働いていて、夜はジム行って体動かして、他の時間は無理しないように家で休んで読書とかしてた。それで3週間くらいかかってストレスが抜けてきて友達とキャンプしたり飲んだりして徐々に気分が上向いてきた。9月入る頃には80%ぐらい元通りになっていたけど、焦って何かにチャレンジするほどの気分でもなかったので、120%ぐらい超回復して調子の上限を伸ばしてから何かすることにした。

9月入って日が経つにつれ仕事の生産性も上がってきたし遊びに行く元気も満たされてきた。それで連休に友達と大阪に旅行に行って、高校時代の部活の同期と同窓会した。大阪・神戸・京都と羽目をはずしぎて心の底から笑った。調子の上限を突き破ったけど、代わりに散財してお金がなくなった。9月後半からは目標を設定しなおして徐々に取り組むようにリハビリして、10月入ってなんとなくルーティンが回るようになってきたなあと思う今日このごろ。

最近はまた語学を始めたり休日出かけたりして楽しく過ごしている。ボクシングのほうは体が不調でも仕事が忙しくても続けている。続けてきて良かったなと思うことが多いので、仕事と両立しながらもっと練習回数を増やしたい。仕事も新規事業に携わって日々新しいことをやっているので楽しく働けていると思う。Androidアプリは初心者の状態から2ヶ月で3本作ったので自信がついてきた。あとは交友関係を広げてオフの日をさらに充実させたい。とりあえず年内はこんな感じでメリハリつけて頑張りたい。

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なんとなく日記書いたけど内容が第三者の何の役に立たないものなのでダメだこりゃって感じる。そういう日記しかないけど。あと読み手意識してないので日本語がひどい。

不調→復帰という経験で、真面目に掘り起こすほどの特に良い学びもない。ストレスを溜めすぎないことと、完璧主義にならずにある程度いい加減さを保つことぐらいだ、大切なのは。
入社してもう半年というかまだ半年というか、一年目の折り返しまだまだ行ける気がする。

いまはそんな感じ。家でネットしなくなって物事が捗る。

節制・摂生

自分はここ何年も習慣的にスポーツをしていて健康オタクでもあるので普段から摂生に気を遣っている。大学受験のときに20kg近く太って以来、節制するようになり食事が自分の調子に大きく影響を与えることを実感し意識している。

大学の水泳部で毎朝練習していたときは栄養バランスに気をつけながらわりと好きなものを食べていたが、ここ一年ぐらいは野菜を中心に食べていて、一日二食の食事で炭水化物は玄米のみ、たんぱく質は卵か納豆、たまに鶏の胸肉、安く買えれば魚、お酒は付き合いで月に2,3回くらい、というかなりヘルシー?な食事をしていた。なんとなく体に悪いものは食べる気がしなくて、あれもダメ、これもダメと、自分でルールを決めるうちに上記のような食事内容になった。その代わり運動しているから量は食べるようにしているし、普段節制しているからこそ友達と飲みに行くときは我慢せず好きなものを好きなだけ食べてメリハリをつけている。

それで今月頭に健康診断を受けて、今日結果が返ってきたのだけど、中性脂肪が少なすぎてコレステロール値も低い、言うなれば軽い栄養不足状態、という本末転倒な健康状態だった。体重増減していないし特に病気になっていないしなぁと思って起こりうる症状を調べてみたら、疲れやすくなったり元気が出なかったり、ひどいときは落ち込みやすくなる、と出てきてなるほどと思ったので、食事が足りていないんだなと実感した。

でもどうしても揚げ物やお菓子やジャンクフードで強い体ができるなんて想像がつかないから、制限し過ぎず食べたい物もう少し食べていいと言われたとしても、普段の食事に摂り入れたい食べ物が思いつかないんだよな。原型を留めていない食べ物よりも自然にある状態に近いままの食材を食べるほうがエネルギーもらえそうな気がするし。体に毒ならお腹が減っていても食べないほうがましと思っているから安易に外食もしない。こんなわがままだから自炊しか選択肢がないんだけど。やっぱり皮を取り除いた鶏胸肉か野菜・果物か玄米じゃないと量を気にせず食べられない。明日から増やすなら、ゆで卵かパスタかツナ、オリーブオイルを使った料理かな。健康に良い脂肪分を摂取しながら増量を目指そう。