学部時代の成績

3日前に最後の成績発表があって無事に卒業が確定した。と言っても春学期時点で卒業要件よりも10単位以上多く取得していたので何の心配もなかったのだけど。今回の秋学期の判定をもって正式に"修了"となった。

少し気にしていたのがGPA。春学期時点で3.X0だったので学部4年間を通しての成績にはおおむね満足していた。夏休み以降は学業から離れて旅行をしたり働いたりしてギャップイヤー的に過ごし、「本当に充実した大学生活を送れたな」なんて思っていた。そして先日成績を見たら秋学期授業に出てないはずの科目になぜかCがついていて結果としてGPAが3.X0を割ってしまった。0.1桁台の数字の違いは何気に大きい。この科目は通年で成績が評価されるらしく、春学期熱心に授業に参加していたため秋学期授業に参加していないにも関わらず通年でCがついてしまったのだ。そこはD(不可)にしてくれよorzって思って学事に問い合わせたけど、成績を下げることに関しては異議申し立てが出来ないそう。

そんなわけでなんか若干もやもやしながら再来週には卒業式を迎える。

Writing

ソウルから帰ってきてからいろいろと順調な反面でかなり忙しくて心が休まらなかった。スランプに陥っているときは、頭ではやろうと思っていても体が言うことを聞かない。しかしいまは逆で、頭では「休まなきゃ、友達・家族・恋人と過ごす時間を大切にしなければ、心が燃え尽きてしまう前に自分がなぜ前に進みたがっているのか明らかにしなきゃ」と考えていても自分の理性がそうさせてはくれないし体が心を置いて働いている。大きなタスクと心配事が昨日解決してグッスリ眠れて、ようやく今朝コーヒーを飲みながら自分の好不調の違いを生む要因を探ってみたりブログを読み返してみたりすることができた。

それでブログを読み返すと改めて実感するのは自分が大学生活で最も変わった点のひとつが文章を書くのが好きになったということだ。あと一ヶ月書き続ければ10年分に達するほど日記を綴っているが、大学4年分は日毎に文章のボリュームが多くなっている。内省的な日記を書くようになってからは自分の心情のニュアンスの違いを表すような言葉を選ぶのに注意するようになった。まあ自分しか読まないんだけど。高校生までの間は全くと言っていいほど本を読んだことがなかったが、何がきっかけだったのか大学生になってからは生活費を切り詰めて本を読み漁った。と言ってもビジネス書や技術書ばっかりだったので文学を楽しんだりとか教養的知識が身についたりはしていない。しかしそれらの本で得た"言葉選びが生む強烈な印象の違い"や"ロジカルな文章を書く記号表現や構成"などの知識は書くこと自体への自分の興味を高めてくれた(それらの知識が活かせているかは分からないが)。そして書くことへの興味を最も高めてくれたのが語学であり、語彙や文法や話し方やそれらの背景にある考え方の違いを知る楽しさだ。語学を楽しいと思うようになったのはロシア語の響きに魅了されたこと、この15ヶ月の間に初の海外旅行を含む5度の海外渡航をしたことの影響が大きい。

なので本当はもっと文章を書く訓練をしたいなと思っている。自分にとってブログを書く唯一の理由は、自分個人の立場から人の目に触れる場所に文章を書けるからだ。ブログにアクセスを集めて収入を得る、あるいは注目を集めるなどというのは全く意図していないので広告も貼っていないしGoogleAnalyticsでアクセス解析したりもしていないしTwitterやfacebookで更新を通知したりしていないしビジュアル的な理解のために画像を多く貼ったりなどを心がけてもいない。tumblrを使う理由もWordPressほどの高機能は必要ないからと思っているからで、シンプルなテーマを使う理由も文章以外のものに気を逸らしたくないからである。そういう意味で読み手のことは全く意識していない横暴な書き手とも言えるし、事実フィードバックなんかもらいたくないと思っている(そもそも自分は、"自分が承認欲求を持つことが気持ち悪くて許しがたいので人とあまり接したくない"と思っている類の人間だ)。一言で言うとアートのそれと近い。読み手を意識すると表現の幅が狭まってしまう。それでもブログというメディアを選ぶ理由は、一人称でしか理解できない日記を書くのとは比べ物にならないくらい文章表現そのものを高めてくれると考えているからだ。なのでブログのトピックにこだわりはない。私事であっても第三者が理解して情景や心情を浮かべることができるような文章を書けたらなと思っている。

それで、いつだって問題になるのは時間があまりにも足りないことだ、と実感するのだった。

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P.S.
でも堅苦しいブログにするのは自分の趣味として味気なく感じるので、しょうもない投稿をpostして更新頻度を上げたいなと思っていたりもする。

閉じ籠もらないこと

閉じ籠もらないこと

2014年が始まってすでに40日が経過した。中長期的目標は以前から掲げているものの今年に入ってからはじっくり腰を据えて取り組めていない。というよりも自らそういう環境に身をおいている。年明け時点で学生生活も残り3ヶ月。遊びも努力も概ね満足できるくらい充実していた学生生活ではあったが、最後の最後まで妥協せず今しかできないことをやりたい、社会人になる前にもっといろんなものを見たり経験したりしたい。そういう思いもあって1, 2, 3月は毎月何かしらのテーマを持って海外に出かけることに決めたのだ。

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それで2013年の大晦日にロンドンへ渡った。ウクライナには行ったことがあるのでヨーロッパは初めてではないがEU圏に来るのは初。ヒースロー空港からビッグベンまで移動して大時計を見ながら年を越したあとは全くのノープランだった。1月13日発のバルセロナから成田への帰りの航空券以外は自分の旅の方向性を決定づけるものは何もなかった。当初頭に浮かんでいたのはロンドン、パリ、バルセロナをヒッチハイクとカウチサーフィンを使って縦断しながら現地の人と文化にディープに触れる2週間にしようというものだった。

1月2日にロンドンの郊外で1台目の車を捕まえてからはあっけないくらい順調に先へ先へと進んだ。ドイツへ向かう一行とドーバーを渡りフランスのカレーを通って東へ。ベルギーのブリュッセル空港で別れた時はなんとも言えない寂しさと興奮の混じった感情だった。バスでブリュッセルの中心地に着いたのがその日の23時過ぎ。パリに向かうはずが気がついたらブリュッセルにいたので宿のあてもまったくないし時間も時間だ。お店がどこも開いていないので酒場に入って宿を知らないか尋ねた。「今日はロンドンからヒッチハイクでここまで来た」と経緯を話すと近くにいた男がクレイジーなジャパニーズだとえらく気に入ってくれて二人でビールを飲んだあと、『おれはゲイじゃないからウチに泊まっていきな』と言われホイホイついて行った。こういうときは難しく考えず直感に従う。休暇を使ってドキュメンタリーを撮りに来たというフランス人のその男と彼の友人と、次の日は街を撮影して回った。

人生はおもしろいなと改めて感じて勢いづいた自分は、その後も直感に従ってヒッチハイクをくりかえしてルクセンブルク、リヨン、パリを回った。ルクセンブルクの要塞そのものの街、リヨンの美食、パリの芸術、そして車に乗せてくれた人々のことは決して忘れられない。パリからバルセロナへと飛んだあとも同じドミトリーにいたオーストラリア人の女性とパエリアとサングリアを味わいに出かけたり一人でアンドラという小さな国まで日帰り旅行をしたりした。カタルーニャの空気感、ガウディの建築、情熱的なフラメンコの舞、そして美食と人々の活気。長年行ってみたいと思っていたバルセロナは本当に素晴らしい街だった。

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日本に帰ってきてからは相変わらずボクシングをしたり語学の勉強をしたり働いたりして忙しくしていた。このときは体調が良くなくて気力もスランプ気味で大変だった。何より時間を取られたのが2月初めに控えていた旅行の計画だった。昨年の夏にモンゴルのウランバートル行きの国際列車で同じコンパートメントだったロシア人の女性とソウルでデートすることになっていたのだが、このときばかりは先のヨーロッパ旅行のような奔放な旅をするわけにもいかず、ウランバートルでとても良くしてくれた彼女のために何をしてあげられるか、どうやったら喜ばせてあげられるかと頭を悩ました。ロシア人女性とソウルでデート、それだけでハードルがものすごく高い。

女性を喜ばすことはいつの時代の男性にとってももっとも難しい課題の一つだ。周到に準備をしていても彼女の機嫌によってはそれらのプランが全く役に立たないこともある。何重苦もの壁があったが事前の用意と現地に着いてからの情報収集と旅で培った勘のおかげで最終的にはとてもうまくいった。彼女はとても喜んでくれたが、一番楽しんでいたのは自分だったと思えるくらい自分にとっても刺激的な休暇だった。日本語を勉強すると言ってくれた彼女がいつかこの投稿を読んだ時には何を思うのだろう。

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先週日本に帰ってきてからはとても好調だ。いろんな面で良い状態が続いている。先日おみやげを渡すためにウクライナ人の女性と中国人の女性と会食したのだが、『Hirokiは日本人っぽくないよね』とお褒めの言葉?を頂いた。「そういえば何でこうして日本でも外国人の友達に囲まれているのだろう」とふと思った。自分が感じている日本の好きな部分、日本人の嫌いな部分、外の国に出たいと思う理由がなんとなく浮き彫りになった気がした。

一年前まではまだ遠く感じていた外の世界がこの一年でグッと身近になった。一年前にウクライナで一ヶ月過ごして働いたり友達を作ったりしたことが原点だなと思う。きっかけをくれた今の職場には本当に感謝している。そして新卒で働き始める前に、来月は卒業旅行に出かけてまた新しい経験を積んで視野を広げて、これからの社会人生活の糧にしたいなと思う。

2013から2014へ

2013年ももうすぐ終わりなのでふりかえりをした。

日記を読み返して反省点を箇条書きしたあとに内容を整理したのだけど、日々けっこうな量の文章を書いているから読むのに時間がかかった。その反面で今年あったいろいろな出来事を鮮明に思い出すことができた。2012年の終わりには想像もできないほど今年は変化の多い年だったと思う。2012年のふりかえりをして2013年の抱負を決めた一年前の自分の考えを読み返してみると、この一年で知らず知らずのうちに考え方もずいぶん変わったように思える。

ウクライナに住んで働いたこと、ビジネスパートナーと起業・ルームシェアして六本木に住んだこと、陸路と海路で東アジアとロシアを一周したこと、すべてリセットして新しい生活を始めたこと。四半期ごとのダイジェストだと以上になってしまうけど毎日本当にいろいろなことがあった。目まぐるしい変化でタフな日々だった。

こんな一年を過ごして感じた自分の変化、反省点、良かった点、来年の心構えを挙げると、変わったことといえば、

・人付き合い。外国人の友達との付き合いが増えた。同年代と過ごす時間が極端に減った。
・身軽になった。物理的なものデジタルなもの精神的なものを整理した。(家具や服、本などを含めて物をほとんど手放した、Facebook含めほとんどのWebサービスのアカウントを削除した、連絡先・メール・写真を消した、インターネットを解約した、物を買わなくなった、人付き合いを減らした、MacにOSをクリーンインストールした)
・肝っ玉がより太くなった。おもに旅のおかげ。
・承認欲求が薄れた。
・趣味、興味、嗜好が変わって読む本のジャンルや遊び方や食事が変わった。
・価値観、将来プラン、お金に対する考え方etc.

反省点、良かった点は多いので省略。悪い点は改めて良い点は継続することにして来年の心構えに集約すると、来年の心構えは、

人間関係
・一人の時間を増やしつつ、周りの人をより大切にする。そのために素直であり続ける。
・助言には耳を傾けるが自分から相談はしない。

自分に対して
・行動が感情を生むと肝に銘じておく。俯瞰して逆算することに時間をかけない。完璧主義を捨ててベストを尽くさずベターを積み重ねる。
・自分をすり減らさない。やりたいことがあると思える自分を大切にする。ストレスマネジメントをする。

習慣
・食事、睡眠、運動を大切にする。節制、3時起き、ロードワーク。

生活
・物を少なく保つ。身軽でいる。

時間
・予定を作らない代わりにやらないことを決めて規律に従う。
・一ヶ月先、三ヶ月先、半年先と遊びの予定を計画しておく。

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これで今年の学びを来年に活かせる。来年は来年で目標や計画はあるけど紙に書いたりカレンダーで管理したりはしないつもり。自分のなかの決まりごとをシンプルに貫けば目標なんか通り過ぎているだろうし、目標点に達したら辞める類のものでもない。今までどおり好きなことを情熱を持って毎日毎日飽き足らずやる感じかな、2014年は。

ストレス

どうしようもなくストレスが溜まっているなと最近感じている。
自分がストレスを溜め込んでいるときの状態は特徴的で、
・風邪をひいて症状が長引く
・スマホをいじったりネットをしたりする時間が長くなる
・くいしばりをする
・過食(嘔吐)
・生活リズムが狂う
・思考力の著しい低下
など、自分でもすぐに自覚できるものばかりだ。
ここ一ヶ月くらいでストレスの蓄積が深刻になっている。

自分は外的な環境に対するストレスにはめっぽう強いと自負している。
めっぽう強いと書くと辛抱強いように聞こえるが、正確には仕事や人間関係でストレスを感じて仕方がない場合はさっさと関係を断つことにしているからストレスを溜め込むに至らないというのが正しい。
これまでの人生振り返ってもまわりのことで悩んだりストレスを感じて落ち込んだりということはパッと思いつかない。

いっぽうで自分の内面からくるストレスは尋常じゃないものがある。
自分の人生観とか物事の考え方とか気性が、常に自分に「人生をもっとベターにしよう」と考えを強いるものであるから、普段のほどよいストレスは自分の原動力になる。
しかしそれも度が過ぎると耐えられないほどのストレスになるし、やる気を失わせるし、自分に対して自分を苛立たせるし、悪循環に拍車がかかる。

前者のストレスには気分転換をして対処すればいい。
運動したり温泉に入ったりカフェでぼんやりしたり読書にふけったり友達と遊んだり愚痴を聞いてもらったり旅行に行ったり飲みに行ったり。
だが後者のストレスはどうすればいいのだろう。

気分転換しようにも気分転換している場合じゃないと感じるし、そうかといってストレスを放置しておくと衝動的に気を紛らす行為で自分を余計に傷つけてしまうし。
何かの答えを探すようにネットをして夜更かししたり、酔いが残るほど一人で酒を飲んだり、指を入れて吐いてしまうまで暴食したりすることは、何の解決にもならないことなんてはじめから頭ではわかっているんだけど。
内的なストレスは時間をかけて蓄積される反面で、そこから回復するのにも時間がかかる。
そのことを考えるだけでもしんどいので、「もうこのままどうにでもなれ」となってしまう。

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こうして文字を起こしてブログを書いているが決して愚痴や負の側面を語りたいわけではない。
誰の人生でも起こり得るような自暴自棄な状態だからこそ、みんなはどう対処しているんだろうと漠然と問いを投げかけたり、自分の状態を描写してみたりすることが、そこから脱却するには有効だったりする。
そういう意味でブログは客観的に物事を考えるツールとして役に立ったりする。
公開すること前提で客観的に書いて、やっぱり内にしまっておこうというのもアリだしね。

客観的に考えて「ん?自分アホじゃね?」って思えたら自暴自棄の渦中から抜け出せる。
あと一週間すれば仕事も休みだしジムも休みだし航空券買ってるし、嫌でもガス抜きするしかない。
落ち着いて文章を書くことができる週末の朝まで持ちこたえた自分はそれだけでもすごいと賞賛して、また頑張ることにしよう。

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P.S.
「人生をもっとベターにしよう」ってmake life more betterだからおかしくね(頭痛が痛い的な)って思ったけど、make life much betterって考えるとおかしくない。
bestを目指す完璧主義を捨てて、"betterを積み重ねる主義"になってからは以前よりも心持ちは軽くなったんだけど、それでも現状みたくストレスが溜まるもんだから塩梅は難しいね。

疲れ

43日間の旅から帰ってきて3ヶ月弱経った。この期間はひたすらタスクがあって忙しかった。ToDoリストを増やしては埋めていく日々。引越し、事務的な手続き、物やデータの整理、仕事やその他のこと。最近になってようやく静かになった。

人間が社会で生活するためにやらなければならない雑多な仕事は意外と多いなと感じた。そういうことを含め、もっと生活をシンプルにしたいと考えていて仕組みを作るのに邁進した(そのせいでやりたいことを十分にできなかったのは本末転倒な気もしたが)。

というのが前置きで、最近はようやく勉強や運動や趣味や仕事に打ち込めている。ToDoリストを埋めていく忙しさとやりたいことに没頭する忙しさでは感じる疲労感が違うなというのが今日思ったこと。タスクが積み上がって困惑しているときは「やってらんねー、誰かと飲みに行きてー」というストレスを発散したい気分になるけど、何かに打ち込んで疲れたときは「南の島でゴロゴロしたい、寝たい、暴飲暴食じゃなくておいしいもの食べたい」っていう心身の休養を求める感じになる。やりたいことをやっているだけに手が抜けないというのがジレンマなんだけど。

さっき昼食で納豆食べようと思ってフタ切り取ってタレを開けたら無意識のうちにタレをフタの中にかけてた。さすがに疲れてるんだなと思っていまなんとなく疲れの種類を分析するに至った。どうでもいいわ。

カードの顛末

以前書いた記事のその後。あれから2週間弱経つがカードが届かない。また電話するのかと思うと気が重い。

カードを再送するという話になっていたはずなので、まずはカード会社に電話したらいきなり『そのような話は伺っておりません』と言われて面食らった。再送を改めてお願いしたら、『銀行にお問い合わせください』らしい。またこれか。その後の展開は前回とまったく一緒。手元に更新カードが戻ってきているなら再送してくれるだけでいいのに。再発行手続きを改めて促された。

このまま話をしていても何も進まないのでおとなしく再発行することにした。それはそれでいいけど、なんでここまでたどり着くのに右往左往させられなきゃならんのだろう。再発行すると決まれば疑問点がいくつかあって、「カード情報は引き継がれるのか」「カード自体は物理的にはカード会社に戻ってきているものが再送されるだけなのか」「更新の審査は通っているのに再発行にまた審査があるのか」など。しかしこれらを聞いてみても「カード情報やカードそのものの処理についてはお答えできません」だってよ。つべこべ言わず再発行手続きすれば新しいカードが届くからそれでいいだろ、ということらしい。自分としてはカード会社としてそういったことは当たり前に説明責任があると思って問い詰めているだけなのに、まぁクレーマーとしか思われていないんだな。

遠回しに質問してわかったのは自分は今カード紛失時とまったく同じ状態らしいということ。カード会社と自分との間のどこかで有効期限が更新されたカードがこの世から消えたと思えばいい。古いカードは停止になり、新しいカードの審査があり、カード情報は引き継がれ、カードは番号が新しくなって、二週間前後で手元に届く。カード失くしたので新しいのちょうだい。How simple it is!

今回こんなにこだわっているのは、別に文句をつけたいとか埋め合わせをして欲しいとかそういう類の理由ではない。ただ「これって向こうが当たり前に対応すべきことだよね」「説明責任がある事項だよね」という自分がなんとなく持っていた企業像・企業への信頼感が、実態とかなり乖離していることを認めたくなかったから。そんなはずがない、そうじゃないでしょ、と終始感じていた。歪みの原因が日本企業のあるある的な部分に依るのか自分の認識にあるのかはわからないけど。

自分はこの一件で言葉にできない気持ち悪さを感じた。体裁を整えただけで中身の伴っていない実体の多さに嫌になる。こんなところから居なくなってハリボテと関わりを断つ日が待ち遠しい。

顧客不満足

キャッシュ機能とクレジット機能が一体になったカードが有効期限間近で今月新しいものが届くことになっていた。しかしカードの更新手続きと引越しが被ったせいで、行き違いで旧住所に届いたのか新しいカードが手元に届かない。住所変更手続きは早めに済ませたんだけど反映されるのに時間がかかったのだろう。月の半ばになるのに届く気配がないので問い合わせをしたら『カード担当じゃないと分かりかねます』『銀行のほうに問い合わせしてください』とたらい回しにされた。電話つながりにくいし不満が爆発しそう。何度か電話してやはりカードが旧住所に送られていたことが分かった。送りなおしてくださいとお願いしたら『大変申し訳ありませんがやはりこちらでは対応しかねますので』と言われてさらに2往復。それでも怒りをあらわにせず溜め息混じりで銀行に電話。『カードがお客様に届かない場合はクレジットカードのほうは強制的に退会されますのでホームページからキャッシュカード機能付きクレジットカードを新規で申し込みし直してください。ただし強制退会後はクレジットカードの審査が通らない場合があります。そうした場合はうちでは他にもキャッシュ機能つきの提携クレジットカードが数種類ございますのでそちらの別のカードをお申し込みください。』と言われた。そんなアホな。カード会社に電話。毎回毎回電話つながりにくいし経緯を話すのが大変わずらわしい。ようやくつながって説明省いて一言。「更新されたカードが届いていないので送りなおしてください」『お客様にお送りしたカードがこちらに戻ってきていますので送りなおします』と。すんなり話が通じた。一回目電話したときにそういう返事をしろよ!休みの日の朝2時間奮闘してようやく当たり前の対応にたどり着いた。電話のオペレーター側の事情も分からないではないが、どうにかならないもんかねえ。

忘却

だんだんと捨てられる対象が大きくなってくるとふと気がつくんだけど、物理的なものを減らしてデジタル空間の0と1がつくる幻想を捨てて、最後に行き着くのは記憶喪失なんじゃないかな。文字通りの記憶喪失というよりかは忘却に近い。自分がどんな人間だったか思い起こさせるような機会が減れば過去の延長ではない生き方もできるように思える。空っぽの状態になって新しいものしか入らなくなれば、新しい記憶で全てが塗り替えられる。自分の人生に大きな不満はないけど、もっとうねりがある人生のほうがさぞ楽しいだろう。引き続き減らせるもの減らすか。