思ったこと

THE CENTER OF ASIA

縁あってトゥヴァ共和国のKyzylという場所を知った。

ここ数ヶ月強く興味が惹かれる地域・文化がシベリア – モンゴル圏とか中央アジア – シルクロードあたりなんだよなあ。時間が許せば2,3年くらい放浪して言語・宗教・衣・食・住・歴史・建築・美術・音楽、ありとあらゆるものを掘り下げたい。単に西と東の文化の融合というよりは、それらの影響を受けつつも全く異質なものを持っているように感じる。イルクーツク – ウランバートル – 北京を縦断したときの興奮を思い出してきた。またやりたい。

Yes24.comで本を買った

韓国の大手オンライン書店で本を買ってみた。海外発送しているのにWebサイトは韓国語オンリー。しかもクレジット払いをするのにActiveXが動かないとダメなのでわざわざMacからWindowsを立ち上げて購入した。久々にIE触った。

注文するのにとても時間がかかったのに荷物のほうはEMSですぐ届いた。TOEIC, TOEFL, GRE, GMAT等々、韓国の書籍にも優れた参考書・問題集があると聞いたので試しに購入してみた次第です。中国・韓国のこういった各種資格・入学試験への熱(市場)は日本以上に成熟しているものがあり、ときに精巧な試験対策の功罪なのか見かけの点数に比べ全く英語ができない留学生が米国の一流大学に潜り込んでしまうとかしないとか。その背景には日本以上の熾烈な競争社会とグローバルエリート志向があるのだろうな。近年流行りのフィリピン語学留学も現地の学校は韓国資本のものが多いし。数日前まで卒業旅行に出かけていてセブ島・マクタン島にも数日間滞在したが、やはり現地の遊ぶところで出会うのは韓国人の学生が多かった。というかどこの国に行ってもサムスンとヒュンダイを見かけるし、どこの宿に泊まっても韓国人に出会う。翻って日本と日本人のことを考えてみると、いま話題の移民受け入れは日本という国では特に難しい気もするし、逆転の発想で移民受け入れのリスク(例えば労働市場の激変)とグローバル化の流れ(あるいは移民政策が定着せず人口減少に歯止めがかからずガラパゴス市場が縮小するというシナリオ)を考慮して自分たち日本人がいつでも外に出られる準備をしておくことが肝要なんじゃないですかね、と思ってもいないことを書いてみる。Anyway, 英語圏の大学に留学したいと考えている人は、韓国の予備校とか教材をうまく活用したらいいんじゃないかというのが今日言いたかったこと。授業が英語で行われていればの話だけど。参考書・問題集を選ぶときも解説が英語のものを選んでください。個人的にはハングル勉強したいけど。ソウルは気に入っている都市のひとつなのでいつか住んでみたい。

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P.S.
Macで仮想化ソフトを使ってWindows動かしているけど、Parallels DesktopとVMware Fusionの両方を使ったことがある自分としては後者のほうが動きが良くて気に入っている。

2013から2014へ

2013年ももうすぐ終わりなのでふりかえりをした。

日記を読み返して反省点を箇条書きしたあとに内容を整理したのだけど、日々けっこうな量の文章を書いているから読むのに時間がかかった。その反面で今年あったいろいろな出来事を鮮明に思い出すことができた。2012年の終わりには想像もできないほど今年は変化の多い年だったと思う。2012年のふりかえりをして2013年の抱負を決めた一年前の自分の考えを読み返してみると、この一年で知らず知らずのうちに考え方もずいぶん変わったように思える。

ウクライナに住んで働いたこと、ビジネスパートナーと起業・ルームシェアして六本木に住んだこと、陸路と海路で東アジアとロシアを一周したこと、すべてリセットして新しい生活を始めたこと。四半期ごとのダイジェストだと以上になってしまうけど毎日本当にいろいろなことがあった。目まぐるしい変化でタフな日々だった。

こんな一年を過ごして感じた自分の変化、反省点、良かった点、来年の心構えを挙げると、変わったことといえば、

・人付き合い。外国人の友達との付き合いが増えた。同年代と過ごす時間が極端に減った。
・身軽になった。物理的なものデジタルなもの精神的なものを整理した。(家具や服、本などを含めて物をほとんど手放した、Facebook含めほとんどのWebサービスのアカウントを削除した、連絡先・メール・写真を消した、インターネットを解約した、物を買わなくなった、人付き合いを減らした、MacにOSをクリーンインストールした)
・肝っ玉がより太くなった。おもに旅のおかげ。
・承認欲求が薄れた。
・趣味、興味、嗜好が変わって読む本のジャンルや遊び方や食事が変わった。
・価値観、将来プラン、お金に対する考え方etc.

反省点、良かった点は多いので省略。悪い点は改めて良い点は継続することにして来年の心構えに集約すると、来年の心構えは、

人間関係
・一人の時間を増やしつつ、周りの人をより大切にする。そのために素直であり続ける。
・助言には耳を傾けるが自分から相談はしない。

自分に対して
・行動が感情を生むと肝に銘じておく。俯瞰して逆算することに時間をかけない。完璧主義を捨ててベストを尽くさずベターを積み重ねる。
・自分をすり減らさない。やりたいことがあると思える自分を大切にする。ストレスマネジメントをする。

習慣
・食事、睡眠、運動を大切にする。節制、3時起き、ロードワーク。

生活
・物を少なく保つ。身軽でいる。

時間
・予定を作らない代わりにやらないことを決めて規律に従う。
・一ヶ月先、三ヶ月先、半年先と遊びの予定を計画しておく。

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これで今年の学びを来年に活かせる。来年は来年で目標や計画はあるけど紙に書いたりカレンダーで管理したりはしないつもり。自分のなかの決まりごとをシンプルに貫けば目標なんか通り過ぎているだろうし、目標点に達したら辞める類のものでもない。今までどおり好きなことを情熱を持って毎日毎日飽き足らずやる感じかな、2014年は。

ストレス

どうしようもなくストレスが溜まっているなと最近感じている。
自分がストレスを溜め込んでいるときの状態は特徴的で、
・風邪をひいて症状が長引く
・スマホをいじったりネットをしたりする時間が長くなる
・くいしばりをする
・過食(嘔吐)
・生活リズムが狂う
・思考力の著しい低下
など、自分でもすぐに自覚できるものばかりだ。
ここ一ヶ月くらいでストレスの蓄積が深刻になっている。

自分は外的な環境に対するストレスにはめっぽう強いと自負している。
めっぽう強いと書くと辛抱強いように聞こえるが、正確には仕事や人間関係でストレスを感じて仕方がない場合はさっさと関係を断つことにしているからストレスを溜め込むに至らないというのが正しい。
これまでの人生振り返ってもまわりのことで悩んだりストレスを感じて落ち込んだりということはパッと思いつかない。

いっぽうで自分の内面からくるストレスは尋常じゃないものがある。
自分の人生観とか物事の考え方とか気性が、常に自分に「人生をもっとベターにしよう」と考えを強いるものであるから、普段のほどよいストレスは自分の原動力になる。
しかしそれも度が過ぎると耐えられないほどのストレスになるし、やる気を失わせるし、自分に対して自分を苛立たせるし、悪循環に拍車がかかる。

前者のストレスには気分転換をして対処すればいい。
運動したり温泉に入ったりカフェでぼんやりしたり読書にふけったり友達と遊んだり愚痴を聞いてもらったり旅行に行ったり飲みに行ったり。
だが後者のストレスはどうすればいいのだろう。

気分転換しようにも気分転換している場合じゃないと感じるし、そうかといってストレスを放置しておくと衝動的に気を紛らす行為で自分を余計に傷つけてしまうし。
何かの答えを探すようにネットをして夜更かししたり、酔いが残るほど一人で酒を飲んだり、指を入れて吐いてしまうまで暴食したりすることは、何の解決にもならないことなんてはじめから頭ではわかっているんだけど。
内的なストレスは時間をかけて蓄積される反面で、そこから回復するのにも時間がかかる。
そのことを考えるだけでもしんどいので、「もうこのままどうにでもなれ」となってしまう。

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こうして文字を起こしてブログを書いているが決して愚痴や負の側面を語りたいわけではない。
誰の人生でも起こり得るような自暴自棄な状態だからこそ、みんなはどう対処しているんだろうと漠然と問いを投げかけたり、自分の状態を描写してみたりすることが、そこから脱却するには有効だったりする。
そういう意味でブログは客観的に物事を考えるツールとして役に立ったりする。
公開すること前提で客観的に書いて、やっぱり内にしまっておこうというのもアリだしね。

客観的に考えて「ん?自分アホじゃね?」って思えたら自暴自棄の渦中から抜け出せる。
あと一週間すれば仕事も休みだしジムも休みだし航空券買ってるし、嫌でもガス抜きするしかない。
落ち着いて文章を書くことができる週末の朝まで持ちこたえた自分はそれだけでもすごいと賞賛して、また頑張ることにしよう。

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P.S.
「人生をもっとベターにしよう」ってmake life more betterだからおかしくね(頭痛が痛い的な)って思ったけど、make life much betterって考えるとおかしくない。
bestを目指す完璧主義を捨てて、"betterを積み重ねる主義"になってからは以前よりも心持ちは軽くなったんだけど、それでも現状みたくストレスが溜まるもんだから塩梅は難しいね。

疲れ

43日間の旅から帰ってきて3ヶ月弱経った。この期間はひたすらタスクがあって忙しかった。ToDoリストを増やしては埋めていく日々。引越し、事務的な手続き、物やデータの整理、仕事やその他のこと。最近になってようやく静かになった。

人間が社会で生活するためにやらなければならない雑多な仕事は意外と多いなと感じた。そういうことを含め、もっと生活をシンプルにしたいと考えていて仕組みを作るのに邁進した(そのせいでやりたいことを十分にできなかったのは本末転倒な気もしたが)。

というのが前置きで、最近はようやく勉強や運動や趣味や仕事に打ち込めている。ToDoリストを埋めていく忙しさとやりたいことに没頭する忙しさでは感じる疲労感が違うなというのが今日思ったこと。タスクが積み上がって困惑しているときは「やってらんねー、誰かと飲みに行きてー」というストレスを発散したい気分になるけど、何かに打ち込んで疲れたときは「南の島でゴロゴロしたい、寝たい、暴飲暴食じゃなくておいしいもの食べたい」っていう心身の休養を求める感じになる。やりたいことをやっているだけに手が抜けないというのがジレンマなんだけど。

さっき昼食で納豆食べようと思ってフタ切り取ってタレを開けたら無意識のうちにタレをフタの中にかけてた。さすがに疲れてるんだなと思っていまなんとなく疲れの種類を分析するに至った。どうでもいいわ。

カードの顛末

以前書いた記事のその後。あれから2週間弱経つがカードが届かない。また電話するのかと思うと気が重い。

カードを再送するという話になっていたはずなので、まずはカード会社に電話したらいきなり『そのような話は伺っておりません』と言われて面食らった。再送を改めてお願いしたら、『銀行にお問い合わせください』らしい。またこれか。その後の展開は前回とまったく一緒。手元に更新カードが戻ってきているなら再送してくれるだけでいいのに。再発行手続きを改めて促された。

このまま話をしていても何も進まないのでおとなしく再発行することにした。それはそれでいいけど、なんでここまでたどり着くのに右往左往させられなきゃならんのだろう。再発行すると決まれば疑問点がいくつかあって、「カード情報は引き継がれるのか」「カード自体は物理的にはカード会社に戻ってきているものが再送されるだけなのか」「更新の審査は通っているのに再発行にまた審査があるのか」など。しかしこれらを聞いてみても「カード情報やカードそのものの処理についてはお答えできません」だってよ。つべこべ言わず再発行手続きすれば新しいカードが届くからそれでいいだろ、ということらしい。自分としてはカード会社としてそういったことは当たり前に説明責任があると思って問い詰めているだけなのに、まぁクレーマーとしか思われていないんだな。

遠回しに質問してわかったのは自分は今カード紛失時とまったく同じ状態らしいということ。カード会社と自分との間のどこかで有効期限が更新されたカードがこの世から消えたと思えばいい。古いカードは停止になり、新しいカードの審査があり、カード情報は引き継がれ、カードは番号が新しくなって、二週間前後で手元に届く。カード失くしたので新しいのちょうだい。How simple it is!

今回こんなにこだわっているのは、別に文句をつけたいとか埋め合わせをして欲しいとかそういう類の理由ではない。ただ「これって向こうが当たり前に対応すべきことだよね」「説明責任がある事項だよね」という自分がなんとなく持っていた企業像・企業への信頼感が、実態とかなり乖離していることを認めたくなかったから。そんなはずがない、そうじゃないでしょ、と終始感じていた。歪みの原因が日本企業のあるある的な部分に依るのか自分の認識にあるのかはわからないけど。

自分はこの一件で言葉にできない気持ち悪さを感じた。体裁を整えただけで中身の伴っていない実体の多さに嫌になる。こんなところから居なくなってハリボテと関わりを断つ日が待ち遠しい。

忘却

だんだんと捨てられる対象が大きくなってくるとふと気がつくんだけど、物理的なものを減らしてデジタル空間の0と1がつくる幻想を捨てて、最後に行き着くのは記憶喪失なんじゃないかな。文字通りの記憶喪失というよりかは忘却に近い。自分がどんな人間だったか思い起こさせるような機会が減れば過去の延長ではない生き方もできるように思える。空っぽの状態になって新しいものしか入らなくなれば、新しい記憶で全てが塗り替えられる。自分の人生に大きな不満はないけど、もっとうねりがある人生のほうがさぞ楽しいだろう。引き続き減らせるもの減らすか。

2 Simple Ways to Make More Time

I notice that my life is slightly changing. I become more stress-free and more abundant in time than I used to be. This is simply because I comply with 2 principles.

1. Getting up early

I adjust myself to wake up at 4:50 am. This habit forces me to go to bed early without wasting time doing something trivial at night. Lately, I do eat less and use the internet less after I come home. Instead, I spend more on reading books.

2. Killing the Internet

The Internet is convenient but distracting. I have more time since I decided to use it limitedly. Next week, I move to a new apartment but I won’t have any Internet connection at home.

We can focus on what adds value to our own lives not by possessing convenient tools and acquiring efficient ways but by getting rid of distractions.

ゆっくりとラジカルに進む変化

ここ1年ぐらいでだいぶ趣味・嗜好が変わった気がする。部活の引退と旅がそれらを変えたという話。

約一年前に部活を引退して水泳を一区切り。せっかく鍛えあげた体だから維持したいし、体を動かして鍛えておくことが日頃いかにポジティブに働いているか自覚していたのでスポーツは続けるつもりでいた。水泳に未練はなくやり切ったので今度は憧れていたボクシングを始めた。引退してから4日後にはボクシングジムに入会していた。

どちらかというと自分は練習し始めるまでは腰が重いけどやり始めると自分を追い込むことに夢中になるタイプ。ジムに行ってしまえば何ラウンドでもサンドバッグを叩いていられる。朝走ったりジムでサンドバッグを叩いたりするのは自分の気性に合っていたし、現在もコンスタントに通い続けている。

ボクシングを始めてからは食生活が変わった。水泳をしているときはとにかくエネルギーを使うから炭水化物を中心に肉と野菜、魚、くだもの、豆製品、乳製品などバランスよく食べていた。試合のあとに脂っこいものを食べるのが最高だった。しかしボクシングジムに通うようになってからはとにかく体重を気にした。自分は太りやすく筋肉もすぐにつくので増量はラクなのだがその分体重を落とすのがツライ。水泳で鍛えた筋肉はなかなか落ちない。食事は低炭水化物、高タンパク質、低カロリーなものになった。GI値が低いものを食べるようになり、毎日の食卓は玄米と鶏のささみとブロッコリーが中心になった。4月からは食生活をさらに改め、魚やきのこ類、牛乳・豆製品を積極的に食べるようにした。

つい先日ボクシングジムに通いだしてから一年が経った。食の嗜好は一年前とは明らかに変わっていた。何でも気にせず食べていいというなら以前であれば脂っこいもの、揚げ物、ラーメン、ピザ、ケーキ、チョコレート、ウイスキーなどをチョイスしていただろう。でももし今なんでも食べてもいいなら、サバ、うなぎ、うどん、きのこ、湯豆腐を食べたい。チーズとアボカドも少しだけ欲しい。ヘルシーでさっぱりとした食材を素材に近い状態で食べたい。しめじと玄米とあさりをめいっぱい食らいたい。スイーツも食べていいならおはぎが欲しい。

他にここ一年の話で言うと、部活を引退してからは自分で好きに予定を組めるようになったので旅行を何度かした。趣味・嗜好が変わった要因としては競技以外にも旅の影響が大きい。ご当地の名物を満喫していなかったら出会わなかったであろう素晴らしいものをいくつか見つけた。自分のお気に入りはロシア文化のバニャ(いわゆるサウナ)、香川のうどん。ウクライナから帰ってきてからはボクシングしたあとにサウナに通うのが楽しみになった。体重を気にしている身としては水分であっても体重計の数値が減るのは嬉しい。それからうどん。香川はこの前の旅で最初の目的地とした場所。うどんがあんなにおいしいものだったとは知らなかった。平日炭水化物を減らしすぎたときは週末にぜひ都内のおいしいうどん屋めぐりをしたい。

他にも趣味・嗜好の変化を挙げるとキリがない。モノを減らして身軽になりたいという気持ちは旅に出てみてより一層強まったし、物質的な豊かさよりも精神的な充足感を重視するようになった。本を並べて満足するよりも無知な状態でどこか知らない土地に飛び込みたい。トレンドを追うよりも、普遍的なものを追求したい。『明日から使える〇〇な12の裏技』という現世利益的なものよりも、異なった文化・宗教観を持つ人々が共通して認識している考えとそのメカニズムを知りたい。

そういう諸々の価値観の変化を自覚していなくても、だんだんと選択・行動レベルで変わってきたなとふと思ったので文章にしてみた。イルクーツクにいるのと同じ感覚で渋谷を歩きたい。何も気にせずにただ自分の楽しみを探求する。この3連休のあいだにサウナ行ってうどん食べて映画見てコーヒー飲みに行きたい。

記録

日記を中学校入学以来9年半書き続けている。大学入学と同時に中高6年分を(誤って)捨てた。そして大学入学してから今日までは一日も欠かすことなくぎっしりと書いてきた。入学と同時に一人暮らしを始めて家計簿も今日まで毎日つけてある。レシートも全部ノートに貼って取ってある。家計簿の月次のまとめを見ると毎月食費や交際費や勉強などにいくら使ったか1円単位で分かるし推移も一覧にまとめてある。単位を取り終えて卒業を半年後に控えている今日、これらを見返すと自分が大学に入ってどのように変わってきたのかが読み取れるし、鮮明に思い出される。

でもこれらのものは見返すためではなく自己管理のために記録してきたので、今回持ち物を可能なかぎり減らす試みをしているから抜粋をスキャンして全部捨てようと思う。昔の自分がどうだったかなんて覚えてないほうがいいさ。